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“本当のこと”こそ言ってはならぬ 3 ~ふだん無口で不愛想なくせに、ムカつくことだけはハキハキ言う奴~

しつこいかもしれないが言わなくてもいい「ホントのこと」こそ一番言ってはいけないことなのだ

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私は頭が少々薄くなっている。

それは今に始まったことではなく、十年以上前から始まったことだ。

前髪はさほど後退していないが、頭頂部が薄くなる、いわゆる O字タイプと呼ばれるハゲに属する。

フランシスコ・ザビエルの髪型に近くなるハゲ方と言えば、イメージしやすいだろう。

私もそれは十分自覚していたし、そこそこ気にはしていた。

だが、いるのである。

わざわざ面と向かって「あ、薄い」とか指摘してくるばか野郎が!

分かっているって言っているだろう?気にしていないわけがないだろうが!

こういう輩は「本当のこと」なら、何でも言っていいと思っているのだろうか?

だからと言って、ハゲは進行しこそすれ、回復させることはほぼ不可能であることくらいわかっているから、育毛剤などを使うような無駄な努力はしない。

また、無事な前髪や後ろの髪などを総動員して、ごまかそうとするようなマネもしたくない。

余計目立つからな。

よって、私の髪型は脱毛が目立ってきた十年前から丸坊主である。

もともと髪型にこだわる方ではなかったし、寝癖が立たないとかいろいろ便利だし。

坊主にしたら、頭が薄いことをわざわざ指摘してくるバカ者はいなくなるだろう、

と思ってた。

だが、まさか言ってくる奴が出てくるとは思わなかった。

しかも床屋が!

私を差別する女主人

私が散髪によく行っていた床屋は家のすぐ近所の床屋『K&Kカットクラブ(仮名)』だ。

シャンプーも顔そりもなく、カット代だけで 1200円 くらいの格安床屋である。

坊主にするだけなんだから、4000円 とか 5000円 とか払いたくないではないか。

その『K&Kカットクラブ』は、30歳前後の小太りの女性が切り盛りする小規模な店で、散髪をやっているのはいつもその女。

だがその女店主、いつも不愛想でぶっきらぼうであった。

初めてそこを利用してから、五、六年行っていたのに、いつもそんな感じだったのである。

散髪はそこしか利用していなかったのだから、私はお得意様以外の何者でもないはずだ。

もうちょっと愛想よくしてくれても良いではないか、などと考えていた私は、わがまますぎだろうか?

素が不愛想で、誰に対してもそうなのなら仕方がない。

しかし他の客に対しては明らかに態度が違うのだ!

ある子どもの客に対しては、

野崎くん、今日はどうするの?」「あ、こことここ切ればいいの?うん分かった。いつもお利口さんだねー

という感じである。

子ども相手なら仕方がないが、私の前に散髪してもらっていたある初老の客の場合などは、

へー櫛田さん凄いですね!」

いやいや、そんなたいしたことないよ

十分すごいですよ。初心者なのに大会 4位って!

などと、その初老の客の髪をチョキチョキしながらお愛想を言い、帰り際も「いつもありがとうございます」と、終始笑顔で接していた。

そして、私の番になると途端に顔つきも声色も変わって、ハイ次とつっけんどんな態度になるんだから、対応を変えているのは明確である。

もしかして、普段話しかけない私が悪い?

私は必要以上のことを話さないから、そういう交流が嫌いな人間なのだと思われているのかもしれない。

だからある日、私の方から話しかけてみたら、

いやーすぐ伸びてくるから、一か月に一回は散髪に来なきゃいけないよ

じゃ、長く伸ばせばいいじゃないですか

てな具合で瞬時に会話が終了した!

「長く伸ばせばいいじゃないですか」って、床屋がフツ―言うか?そんなこと?

そして、再び無言のまま散髪をやっている最中に他の客が来ると、

あ、小川さんいらっしゃい!今日は早いですね

と一転して愛想よく私などそっちのけだったから、

私がこういう交流を嫌う人間と考えて、気を遣っているのではなく、私との交流を嫌っているのだと悟った。

「じゃあ、そんな不愛想なところに行かなきゃいいじゃないか」と思われるかもしれないが、あいにく家の半径 1キロ圏内に格安床屋はなく、そんな思いをしたとしても、バカ高い散髪代を払うよりましだと、『K&Kカットクラブ』に通い続けることになった。

だが、それにも限度が来る日がやってくる。

床屋が客に絶対言ってはいけないヒトコト

その日、私は性懲りもなく『K&Kカットクラブ』へ散髪に行った。

このころには、女店主に対してもう別に他の客と同じような対応は期待しないし、散髪さえきちんとやってくれればよい、と割り切っていた。

どうせ喋っていても、あんまり楽しい奴でもなさそうだし。

「3 ミリ」

私の方も多少ぶっきらぼうに髪を刈る長さを伝え、女店主もいつもどおり、バリカンの設定をしてから無言で私の頭髪を刈り始めた。

だがいつもと違ったのは、この日は散髪をしている途中で私に話しかけてきたことだ。

相変わらず、愛想は悪く事務的な感じではあったが。

「お客さん、前から思っていたんですけど」

「はい?」

向こうから、必要なこと以外を話しかけてくるのは初めてだったが、

よりによって、以下のようなことを言ってくるとは思わなかった。

「髪の毛薄いですね」

「はい?!」

それを聞いて最初、今私がいるのは床屋で、それを言っているのも床屋であることが信じられなかった。

だがその後もグサグサくる事実をズバズバ指摘してきた。

「頭頂部が特に薄いから目立ちますね」

「…じゃあさ、目立たないようにカットしてよ…」

「無理ですね。スキンヘッドにしたらどうです?自分でもできますよ」

いつもぶっきらぼうで口数が少ないのに、この時だけは妙にハキハキしていた。

「あのさ…、フツー言う?そういうこと面と向かって?」

「ホントのこと言っただけです」

ふざけるな!

「ホントのこと」だからって、言っていいことと悪いことがあるだろう!?

重ね重ね床屋として、あるまじき言葉じゃないか!

歯医者に「口が臭い」と言われた気分である。

眼医者に「目つきが気に食わない」と言われたらどう思う!?

しかも普段話しかけても塩対応しかしないくせに、こういうムカつくことだけズバズバ言うんじゃない!!

もうウチに来なくていい、と言っているに等しい破壊力を有した暴言である。

私は終生『K&Kカットクラブ』に行かないことを決意した。

幸いなことに、ほどなくして同価格の格安床屋が近所に開業。

私は、そこに散髪に行くようになった。

そこは理容師が複数いるし、不愛想が目に付くような者もおらず、『K&Kカットクラブ』のような不愉快に見舞われたことはない。今のところは。

しかし、そうなってから、もう四年ほどになるが、あれだけ私を不愉快にした『K&Kカットクラブ』が、いまだに健在であることには納得がいかない。

「悪は不滅」というこの世の不条理が、私の近所では体現されているのだ。

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