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戦争末期と戦後の昭和二十年代前半の日本は、食糧難の時代だった。
いくら昭和は芳しく見えても、この時代は誰だって嫌だろう。
一応戦後も配給制は存続していたが、そんなもので足りるはずもなく、全国各地の焼け跡に闇市が出現し、都市部の住民は着物などの持ち物を農村に持ち込んで作物と交換していたし、東京では不忍池や国会議事堂前にまで畑が作られていた。
そして、その畑から作物を盗む者も現れるようになる。
だが、そんな食糧危機の時代に食べ物を盗んだら、ただじゃすまない。
捕まったら最低数百発は殴られる。グーどころか棒で。
冗談抜きに殺された例もある。
人心は荒廃していて、食べ物の恨みは現代とは比べものにならないほど深かった。
現代みたく怒られて終わりだったり、「腹が減ってたのか。かわいそうに」なんて同情されるような甘っちょろい時代じゃない。
何より畑の主も次から次に現れる畑荒らしに、神経をとがらせていた。
1946年、栃木県宇都宮市西原で馬鈴薯を栽培していた農民の菊池太平(当時46歳)もその一人だ。
馬鈴薯は闇市の人気商品で、高値で取引されていたために、畑荒らしにも人気の作物。
腹も満たせるし、懐も温めることができるために、よく狙われていた。
菊池の馬鈴薯畑もご多分にもれず被害に遭っており、これまで丹精込めて作った作物を畑荒らしにしょっちゅう盗まれて、気が立っていたらしい。
同年5月、そんな男の畑から馬鈴薯を失敬しようと忍び込んでしまった者がいた。
木村千枝子という、何と20歳の女である。
しかも木村は、この一週間後に婚礼を控えていた。
そんな身の上の女がこんなことに手を染めるんだから、いかにこの時期の日本が食糧難にあえいでいたか、わかるであろう。
とはいえ、彼女が盗もうとした馬鈴薯は20キロ近くの量であり、なかなか大胆である。
だが、彼女は盗みに入る畑を間違えた。
この畑は立て続けの被害に怒り狂い、危険な状態となっていた菊池の畑だったのだ。
そして、より不幸なことに菊池に犯行を目撃されて、捕まってしまった。
「このデレ助が!!」
女だろうが容赦はしない。
これが初めてだったとかも関係がない。
誰の畑を荒らしたかわからせてやる。
菊池のこれまでの積もり積もった怒りが、すべて20歳の女ドロボーに向く。
木村は家に連れ込まれ、その夜、拷問に近い仕置きを受けた。
翌日になっても許してもらえない。
縄で縛り上げられた木村は、電信柱に括り付けられた。
近くには立札が立てられ、そこには『社会の害虫、野荒し常習犯』と書かれている。
痛めつけられただけではなく、さらし者にされたのだ。
だが、これはさすがにやりすぎだった。
見物人の中に通報した者がいて、菊池は過剰防衛で逮捕されてしまった。当たり前だ。
もっとも、ボコられて生き恥をさらされた木村も窃盗罪で捕まったが。
怖い時代だ。
昭和30年代の日本も貧しかったが、餓死者出るほどじゃなかったはずだからまだ人情味が入り込む余地があったが、戦後くらい貧しいと人間は、ここまで心がささくれ立つということだ。
「現代に生まれてよかった」と思うかもしれないが、日本でこのような食糧危機は、もう起こらないとは限らないのではないだろうか。
少なくともこの時代は農民も多かったし、食糧自給率は輸入に多くを頼っている現代の日本より、ずっと高かったのだ。
日本の経済力がさらに低下して、外国から安い食料が買えなくなったら…。
全く考えられない悪夢ではないはずだ。
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