にほんブログ村
かつて毎日新聞に、吉野正弘という記者がいた。
吉野氏は、1956年(昭和31年)毎日新聞社に入社後、記者としてキャリアを積み重ねて、1964年に連載企画『組織暴力の実態』で新聞協会賞、1976年には、連載企画『宗教を現代に問う』により菊池寛賞、1987年には1980年から担当、執筆していた夕刊コラム『近事片々』で、日本記者クラブ賞を受賞した。
また、同社内でも社会部副部長、特別報道部編集委員、論説委員を歴任して論説室顧問という役職を得るなど、記者として大成功を収めたと言っても過言ではないであろう。
しかしこの人物、論説室顧問を務めていた1989年(平成元年)4月18日、56歳で帰らぬ人となる。
その最後はお世辞にも、その社会的地位にふさわしからぬものであった。
おれは暴走族が嫌いだ
1980年代後半の神奈川県藤沢市にある小田急線片瀬江ノ島駅周辺の住民は、週末の夜ともなると騒音に悩まされていた。
湘南海岸にほど近いこの場所に、地元のみならず、埼玉や千葉からもバイクや改造車に乗った暴走族の若者が押し寄せてきていたからだ。
この地に自宅を構えていた吉野氏もその一人で、何度も電話で警察に取り締まりを求めていたという。
実害があるうえに、新聞記者という職業柄からか正義感の強かった彼は、当然暴走族に良い感情は持っていない。
それは、1989年4月17日に最悪の形で爆発し、翌日が氏の命日となってしまうことになる。
その日吉野氏は、妻と甥の三人で小田急片瀬江ノ島駅近くにある飲食店で食事し、酒も飲んだ。
三人は、午後10時ごろに店を出て帰路についたが、その通り道の片瀬江ノ島駅前まで来たところ、駅前のロータリーには、暴走族風の若者が乗ったバイクや車が集っているのが目に入った。
そのうち一台のバイクが、耳障りな音を立てて空ぶかしをし始めるや、日ごろから彼らの出す騒音にイラついていた吉野氏は、意外な行動に出る。
近くにあった長い鉄の棒を拾うやそれを手に取って「オレは暴走族が嫌いだ。懲らしめてやる」と言いつつ近づいて行ったのだ。
年寄りの冷や水どころか、無謀極まりない蛮勇である。
一緒にいた甥の証言によると、氏は酩酊したほど飲んではいなかったらしいが、酒が入っていて気分が大きくなっていたのは間違いない。
だったとしても、天下の毎日新聞の論説室顧問という重職にある56歳の人物のとっていい行動ではないだろう。
とはいえ、空ぶかしをしていたバイクは、鉄パイプを持った氏にビビったのか、それともたまたまなのか、ロータリーから立ち去る。
一番ムカつく奴は消えた。
だが、車に乗っていた者たちの中で、イキった若者らしい素直な反応を文句をつけてきた50男相手に示した者たちがいた。
元暴走族で日産フェアレディーZを運転して、近くの茅ヶ崎市からやって来た工員の山上正(25歳)と石井徳久(24歳)だ。
山上と石井は「貴様ら暴走族が気に入らん」とか言って鉄パイプ片手にやって来た50男のこしゃくな挑戦を、ダイレクトに受けて立ったのである。
吉野氏は正義感が強く、新聞業界において大成した人物ではあったが、荒事には全く慣れていない。
だから自分の力がどの程度であるか全くわかっておらず、鉄パイプを持てば無双だとでも酒が入った頭で考えたんだろう。
そんな吉野氏に、そこそこ修羅場も経験してきたであろう若者たちの過酷な洗礼が待っていた。
若者たちは、あっさりと氏の鉄パイプを取り上げるや拳で殴り、足で腹を蹴る。
「やめて!」
妻と甥が止めに入ったが、甥の方が若者に殴り倒される。
彼らはひとしきり吉野氏を暴行すると、乗って来た白い日産フェアレディーZに乗って逃走した。
公衆の面前での暴行だったために、犯行は短時間であったようだが、打ち所が悪かったらしい。
吉野氏は病院に運び込まれたが、翌日の未明に外傷性ショックにより死亡してしまった。
犯人の逮捕とその後の影響
この傷害致死事件を受けて、神奈川県警は大規模な検問を実施。
さらに目撃証言から、犯人の乗っていた車として、県内の3073台にのぼる白い日産フェアレディーZの捜索が始まった。
事件から約二か月後、茅ヶ崎市内のある駐車場に日産フェアレディーZが停まっていたが、事件直後に姿を消したという証言が入る。
この日産フェアレディーZの持ち主として、山上正の事情聴取が始まり、ほどなくして山上は犯行を自供。
共犯者の石井徳久も、その後に逮捕された。
山上によると、鉄パイプを持った吉野氏が、明らかに酔っぱらっていたように見えたため、何をされるかわからないと思って、ついついやりすぎてしまったようだ。
山上は、事件直後に友人から買ったばかりの愛車である前述のフェアレディーZを証拠隠滅のために転売。
また、両人とも翌日には普段と変わらず、何食わぬ顔で職場に出勤していた。
その後、藤沢市では県警により暴走族の大規模な締め出しが行われ、週末に多くの若者が集まることはなくなった。
また、事件の起こった片瀬江ノ島駅前も、車が入ってこれないように車止めが設置されて現在に至っている。
ところで、殺されてしまった吉野氏だが、当時の報道を見る限り正義感を発揮して命を絶たれた気の毒な人、という扱いがされている。
たしかに、死ぬまで暴行した山上と石井はとんでもない野郎だが、吉野氏も吉野氏ではなかろうか。
大新聞・毎日新聞の重職にある56歳が、酒に酔って鉄パイプを持って若者に挑むのは、褒められた行為ではあるまい。
言っちゃ悪いが、生前の功績を台無しにする最後を迎えた人間の一人と考えるのは、筆者だけではないだろう。
出典元―朝日新聞、毎日新聞
関連するブログ:
- 西成暴動 ~バブル期の日本で起きた大暴動~
- 高校デビューした少年 – O農業高校とK田の変容の物語
- 未成年に踏みにじられた25歳の純情 ―実録・おやじ狩り被害―
- 犬鳴峠リンチ焼殺事件 ~超凶悪少年犯罪~
- 口を糸で縫われた男 ~芳しき昭和の香ばしき事件簿~
- 中学生にいじめられた29歳の男の復讐
- 奪われた修学旅行 = カツアゲされた修学旅行生
- 奪われた修学旅行2=宿で同級生に屈辱を強いられた修学旅行生
- 資産ゼロ・無年金で東南アジアに移住した男のその後
- ハメられた?ホモ痴漢で捕まったNHK職員の言い分
最近の人気ブログ TOP 10:
- 夢の国で起きた悲劇 ~ディズニーリゾートで心中した一家~
- 新潟六日町のトンネル事件:恋愛に狂った暴力団員の極限の嫉妬
- 知られざる女子高生コンクリ詰め殺人発覚当時の報道(後編)
- 仙台アルバイト女性集団暴行殺人
- 犬鳴峠リンチ焼殺事件 ~超凶悪少年犯罪~
- 浜田省吾ファン必見の聖地巡礼訪問地リスト
- 広島の魅力: 浜田省吾ファン必見のスポット
- 未成年に踏みにじられた25歳の純情 ―実録・おやじ狩り被害―
- R40、テルの今:城東工業高校の伝説のその後
- 高崎山の王・ベンツ ~ミスターニホンザルの生涯~
最近の記事:
- 複数の宛先に ping を打つことができる「fping」
- ネイティブの英語 7 “A cup of joe”
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第二十三話・昇華するのび太の鬱屈
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第二十二話・静の怒りと武の苛立ち
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第二十一話・夫婦間の亀裂とのび太の影響
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第二十話・のび太の初出勤: 恐れと葛藤
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第十九話・ジャイアンとのび太の絆
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第十八話・引きこもりの息子と家族のジレンマ
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第十七話・ドラえもんと30歳ののび太の葛藤
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第十六話・剛田商店の成長と静香の貢献