本記事に登場する氏名は、全て仮名です。
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2000年(平成12年)12月24日、宮城県仙台市でアルバイト店員の女性、曳田明美さん(仮名、20歳)が暴力団員を含む8人の男女に拉致されて6日間にわたるリンチの末に殺害され、遺体は灯油で焼かれて遺棄されるという悲惨な事件が起きた。
こんなむごい殺され方をするなんて、この曳田という女性はよっぽどのことをしでかしたんだろうか?
いや、実は全く何もしていない。
グループの一人の一方的で身勝手な思い付きとその他全員の勢いだけで監禁され、何の落ち度もないのに残忍な暴行を加えられ続けて殺されてしまったのだ。
犯人たちと事件の発端
この凶行を犯したのは、某広域指定暴力団組員の平竜二(仮名、25歳)、大野和人(仮名、21歳)、平の弟分で同組員の猪坂大治(仮名、21歳)、大野の彼女である木場志乃美(仮名、21歳)、田中久美子(仮名、20歳)、兼田亮一(仮名、19歳)、高橋衛(仮名、18歳)、赤塚幸恵(仮名、19歳)の男女8人である。
もっとも、ずっと以前からつるんでいたわけではなく、事件が発生する直前までに知人を介して知り合って、たまたまその場に居合わせた者もいたという関係性が希薄な集団であった。
そして、当然どいつもこいつもまともな連中ではない。
暴力団員まで含めたこのろくでなし集団が、よってたかって一人の女性を死に至らしめることになる事件の発端は、被害者となる曳田明美さんとは全く関係がないところで始まった。
それは2000年12月中旬ごろ、一味の一人である木場志乃美のもとに、ある男からメールが送られてくるようになったことからである。
そのメールは、木場に対して気があるようなことをにおわせる内容であったが、木場本人にはその気はなかった。
むしろ、不快極まりない。
同じく一味の一人である大野和人と付き合っており、同棲までしていたからなおさらだ。
木場は、彼氏である大野にこの件を言いつけた。
メールを送ってきた男は大野の顔見知りではあったが、自分の女にそんなことをする奴は許せない。
「ふざけやがって。シメてやる」といきり立った。
大野は窃盗で少年院に送られたこともあるし、暴力団構成員の平や猪坂とつるんで、暴力団事務所にも出入りしているから準構成員と言ってもよいが、中途半端に危険な男だ。
だから、一人でやる気はさらさらない。
他のメンバーにも声をかけて頭数をそろえた上で、一味の親玉であり暴力団組員の平竜二にもお願いして仙台市内の組事務所マンションを使わせてもらうことに成功。
平はこの組の部屋住みらしく、普段この組事務所で寝泊まりしており、融通が利いたようだ。
ほどなくして12月18日夜に相手の男を事務所に呼び出すや、平らとともに殴る蹴るの制裁を加える。
さんざん殴られた男は顔を腫らして完全に泣きが入ったため、ヤキを入れる目的は順調に果たした。
しかし、調子に乗った大野は、おさまらなかったらしい。
「誰か、こいつ以外にヤキ入れてー奴いるか?ついでにやっちまおう!」などと言い出したのだ。
組事務を使わせてもらって気に入らない奴を痛めつけることができたから、のぼせ上っていたのだろう。
それに、すかさず答えた者がいた。
大野の彼女、この制裁の発端となった木場志乃美である。
「中学ん時の一コ下でさ、約束破った奴いるんだよね。そいつやっちゃおうよ」
「よっしゃ。で、どんな奴?女?」
「曳田明美って女。ウリ(援助交際)しないって約束したのにしやがってさ」
「おう、その曳田って女、今から呼び出せ」
親分気取りの平も了承し、惨劇の幕が切って降ろされることになった。
深夜の呼び出し
曳田さんは、援助交際など全くしていない。したこともない。
健全な家庭で育っており、進路が決まるまで自分を見つめなおそうと普段ファミレスでアルバイトをし、夜間に出歩いて両親に心配をかけたりすることが全くない、まじめな性格の持ち主だった。
完全に木場のホラである。
そもそも両人とも、そこまで長く深い付き合いではない。
あくまで木場の供述なのだが、曳田さんは中学の後輩だったとはいえ、実際に木場との交友が始まったのは、事件が起こった年の3月ごろからだという。
また、実際には特に怨恨らしい怨恨も全く発生していないようだ。
にもかかわらず、木場はこの時もう日付けが変わって19日の深夜になっているのに、曳田さんを痛めつけるために呼び出そうと携帯に電話する。
一方、真夜中にいきなりの呼び出しの電話を掛けられた曳田さんは当然断った。
「もう夜遅いから無理ですよ。これからお風呂だし」
だが、しつこい誘いと「今から迎えに行くから」という強引さに根負けしてしまい、しぶしぶ了承してしまう。
この時のやり取りを、隣の部屋にいた曳田さんの妹が聞いていた。
普段、携帯電話で話をする時は、いつも楽しそうにしゃべっていた姉だったが、この時は本当に憂鬱そうな声で対応していたという。
第一、この付き合いは木場の一方的な思い込みであり、さほど親しい間柄でもない。
それどころか曳田さんの方は、つきまとう木場をできることなら避けたかったらしいことが、ある友人の証言で明らかになっている。
木場は性格が極めて陰険で、高校を中退してから窃盗などの犯罪歴を重ね、今では暴力団関係者とつるみ続けているクズ女だったからだ。
かと言って、お人よしすぎるところがあった曳田さんは、きっぱり拒絶することもできず、中途半端な状態が続いていた。
また、前述のごく少数を除いて、曳田さんの友人知人の中に木場との付き合いがあることを知っている者はいなかった。
木場が痛めつける相手として嘘までついて曳田さんを選んだ納得のいく具体的な理由は事件後に逮捕されてからも明らかになっていないが、木場の方は曳田さんのよそよそしい態度を感じて、ムカつき始めていたのではないだろうか。
自分勝手な奴に決まっているから、なぜ自分が避けられているか考えるはずもなく、「親しくしてやってるのに距離とろうとしやがって」と逆ギレし、その逆恨みの感情がきっかけになった可能性が高い。
曳田さんは、木場に言われるまま翌19日の午前4時に家を出て、迎えに来た大野と木場の車に乗り、前述のマンションに向かう。
あまりいい予感はしなかったであろうが、まさかこれから連日地獄のような暴行を加えられて、命を絶たれることになるとは思いもせず。
凄惨な暴行の始まり
大野と木場に連れられてマンションの一室に入った、曳田さんは凍り付いた。
その一室の雰囲気は暴力団事務所なだけに、とても普通の住居やオフィスとは思えないだけでなく、明らかに堅気ではなさそうな雰囲気の者たちがこちらを剣呑なまなざしで見ているし、何より顔を腫らした男が正座させられているではないか。
「オメーも正座しろ!」
木場が突然豹変して、高飛車に命令してきた。
何のことかわからないが、その場の雰囲気に押されて言われるがまま正座した曳田さんを、鬼の形相でののしり始める。
「何でヤキ入れられるかわかってるべが!?おめえ約束破ったろ!!」
「え、約束って…何のことですか?」
「しらばっくれんじゃねえ!」
木場は拳で有無を言わさず曳田さんの顔を殴った。
「オメー何だ!その態度はよう!おう!?」
完全にでっち上げなのに、まるで実際に許しがたいことをやったかのごとく檄高して怒声を上げて暴力をふるう。
いきなり暴行を加えられたショックに、曳田さんはされるがままだ。
「はっきりせいや!!」
彼氏の大野もここでやらなきゃ男がすたるとばかりに、曳田さんの髪をつかんで殴りつける。
その場にいた連中、平や猪坂以下ほかのメンバーも暴行に加担、無抵抗の彼女を殴るわ蹴るわ。
矛先は先ほどのメール男から、完全にシフトした。
木場の言うことが本当かどうか、又は相手が誰かなんて関係がない、みんながやっているからやる。
ならず者集団の一員ならば、やらなかったら他の奴にどう思われるかわからないし、その前に人を痛めつけるのは面白いと考えているはずの連中だから躊躇はない。
グループの親分格の平は曳田さんに木刀を突き付けて「殺してやろうか?コラ!何とか言えや!」などと脅し、髪をつかんで部屋の外に引きずり出して、非常階段の所から落とそうとすらした。
本来ならば最年長者の平はこの暴挙を止める立場にあるし、大の男が女性相手にここまでするのはみっともない、というのは一般社会の考え方である。
こいつは、反社会勢力である暴力団組員なのだ。
むしろ、皆に自分が危ないことをする人間であることを見せつけて「暴力ってのはこうすんだ」という模範を、示そうとすらしていた。
平は組の中では下っ端であり、事件発覚後にテレビの取材に応じた街の若者の一人には「ヤクザだけど大したことない奴」と陰口をたたかれていた程度の男だったらしいから、なおさら弱者相手だと威勢が良い。
さすがに曳田さんが大声で泣き叫ぶ声がマンション中に響いたため、弟分の猪坂が平を制止して、再びマンションの中に曳田さんを引きずり込んだ。
「ごめんなさい。もう勘弁してください」
一時間ほど暴行された曳田さんは泣きながら木場のついた嘘を認めて謝罪した。
全く何もやっていないにも関わらず。
手ひどい暴行で曳田さんの左目と左頬は腫れあがっており、木場の望みはかなった。
だが、これは始まりに過ぎなかった。
暴行を楽しむ犯人たち
犯人グループは曳田さんを十分に痛めつけたはずだったが、このまま帰すわけにはいかないと考えていた。
なぜなら顔が腫れて、何をされたか明白だったからだ。
彼女は実家暮らしだから、本人が通報しなくても家族の者がするだろう。
そこで一味は、曳田さんの顔の腫れが引くまで監禁することにした。
さらにアルバイト先にも電話をかけさせて、「ケガをしたから今日は休む」と言わせてバイト先から通報されないようにもする。
19日午前9時、平が全員に組事務所から出ていくように言い渡す。
部屋住みの平が事務所を自由に使えるのは、自分と猪坂以外の組員がいない時だけなのだ。
そこで大野と木場、田中は曳田さんを連れて仲間の一人である高橋の住むマンションへ向かう。
だが、このマンションで木場と田中は、曳田さんが携帯電話を握っているのが気に入らないと因縁をつけ始め、暴力をふるった。
その後、実家に「不良少女にからまれたところを先輩に助けられた。今は西公園の先輩の所にいる」と言うように命じ、実際に曳田さんはその日の午後に心配する母親からかかってきた電話に対してそのように答えている。
一味の者は、不良にからまれて殴られたことにすれば、顔に傷があっても不思議じゃないと考えたようだ。
その電話の後、母親にさっきと同じようなことを伝える電話をかけさせた後、外部へ連絡できないように曳田さんの携帯は破壊した。
当初一味は彼女の顔の腫れが引くまで家に帰さないつもりだった。
だが、やがてそれをぶち壊しにすることをやり始める。
またもや、理由をつけて殴り始めたのだ。
積極的なのは、やはり木場である。
性悪どころか極悪女の木場の目から見た曳田さんはぶりっ子なところがあり、お嬢様ぶってるような気がして気に食わない。
そして、暴力を振るわれたショックでしょげかえっている姿は、見ているだけで余計いじめたくなる。
木場は「和人、こいつオメーに犯されたとか言ってたよ」などとでたらめを大野に言ってたきつける。
やるならみんなと一緒の方がいいと考えるのは、こいつも同じなのだ。
「ナンだと?テメーみたいなの犯るわきゃねーだろ、コラア!!」
でたらめなことは百も承知な大野だが大真面目に激怒して、曳田さんをベランダに引きずり出して傘で殴った。
「もう許してください」と泣いて謝っても手は緩めない。
その場にいた高橋と田中も調子に乗って手を出し、後からマンションに来た兼田と赤塚も「俺らもやっていいっすか」などと言ってリンチに参加した。
もはや暴行する理由など、どうでもよかった。
彼らは後先考えずに、暴力を楽しむようになっていたのだ。
度重なる暴行で曳田さんの顔は余計に腫れ上がり、ますます家に帰せなくなる。
犯人たちは彼女の服を全て脱がせて、代わりにトレーナーを着せ、組事務所や仲間の家へ連れていく際は後ろ手に手錠をはめて車のトランクに入れていた。
監禁先は転々としていたのだ。
そして、監禁中は絶えず言いがかりをつけては集団で殴り、たばこの火を押し付け、髪を切り、頬をカッターで切ったりと暴行はエスカレートしていった。
犯人たちはグループ以外の知人の家にも連れて行ったことがあったが、その知人は度重なる暴行でむごたらしい姿となった曳田さんを見て仰天し、自分の家で凄惨な暴行が行われている間は目を背けていたと後に証言している。
だが、後難を恐れて警察に通報することはついになかった。
両親の捜索
曳田さんの両親は、愛娘がそんな目にあっているとは思ってもいなかった。
木場たちに監禁されることになる直前の18日、バイト先から帰ってきた曳田さんは家族そろって夕食の席についており、その時何も変わった様子はなかったからだ。
むしろ、目前に迫ったクリスマスには付き合っている彼氏が指輪をプレゼントしてくれるんだと母親にうれしそうに語っていたし、翌年に控えた人生の一大イベントである成人式に着る晴れ着が24日には受け取れると、ウキウキしていたのだ。
そんな幸せいっぱいだった曳田さんが姿を消した。
19日深夜に木場に呼び出されて、家を出た彼女は玄関の鍵を開けっぱなしにしており、その日の朝に起床した父親は不審に思ったが、娘は自宅二階の自室で寝ているんだろうと思い、この時点では失踪したとはつゆほども考えていなかったという。
彼女はバイトで遅番が多く、昼前まで寝ていることが多かったからだ。
その後、部屋におらず全く行方知れずになっていたことがわかり、心配した母親が同日18時に曳田さんの携帯電話に電話した。
この時は、まだ携帯電話を破壊されておらず、曳田さん本人が電話に出てこう話した。
「今、西公園(仙台市青葉区)のとこにいる。レディースにからまれて殴られちゃってね。バイト先には休むと連絡しといたけど」
これは木場たちに言いつけられた通りのことだ。
もちろん近くに木場たちがいて、余計なことを言わせないよう聞き耳を立てていたのは言うまでもない。
「え?どういうこと?」
「また後でかけなおすね」
そう言って電話が切れた。
ただ事ではないと感じた母親がその後、数分おきにかけたが一向につながらない。
この時、初めて娘の身に不測の事態が起きたことを、曳田家の人々は知った。
その2時間後の20時、今度は母親の携帯に曳田さんから電話が入って、以下のような会話がなされた。
「今も西公園の先輩の所にいるんだけど、先輩のおかげで助かった。今顔を冷やしてもらっているところ」
「どういうことなの?あと、さっき言ってたレディースって何なの?」
「…」
「とにかく早く帰っておいで。被害届けも出さなきゃ。顔は大丈夫なの?電車で帰れる?」
「大丈夫。帰れるよ」
「電車でモール(仙台市の商業施設)まで来なさい。迎えに行くから」
「わかった」
「着いたら電話するんだよ」
母親はそう伝えると電話を切った。
とりあえず、先輩とかいう人物に介抱されていることはわかった。
それを聞いた父親は「とりあえず、明美からの電話を待とう」と言って夜勤に向かった。
そして、これが曳田さんの声を聞いた最後となる。
父親は、職場に着いてからもやはり心配だったので、何度も電話を掛けたがつながらなかった。
家に電話しても、娘からの電話はまだ来ないという。
翌20日から、異常事態の発生を確信した両親はじめ家族の者は、曳田さんの友達に連絡するなどして、血眼になって娘の行方を捜し始めた。
「西公園の」という線からもその近くに住む娘の知人を捜したが、さっぱり見当がつかない。
前述のとおり、この時点で曳田家の人々もほとんどの友人たちも、娘が木場という女との付き合いがあったことを知らなかったため、犯行グループに近づくことができなかった。
突然の家出は考えられない。
彼女は非常にまじめな性格で、親に迷惑をかけることをこれまでしたことがなかったし、前日まであんなに楽しそうにしていたのだ。
失踪から5日目の12月23日、行方に関して何ら手掛かりが得られず、ひょっこり帰ってくるのではという望みも薄くなりつつあったため警察署に捜索願を出した。
警察も「レディースにからまれた」という話や、5日間も連絡がないことから、事件性が高いと判断して捜査に乗り出す。
その後、曳田家の人々は友人知人関係のみならず、近所で独自に聞き込みを行い、時には藁にもすがる思いで霊能力者にまで霊視を依頼して娘の行方を必死に探し続けた。
だが、曳田さんは家族が捜索願を提出した翌日には殺されていたのだ。
非業の死
曳田さんが監禁されてから5日目の12月23日午前11時ごろ、木場は大野らに車で送ってもらって、保護司との面談を行っていた。
前年に大野と犯した窃盗事件で2年間の保護観察処分を受けていたためだ。
面談を終えて、車で待っていた大野たちのもとに戻る木場の機嫌は最悪だった。
このむしゃくしゃは明美のやろうをいじめて晴らしてやると考えながら。
車に乗ると、仲間に「さっき警察が来ててさ、『お前ヒト監禁して殴ってるだろ?』って逮捕状見せられたから逃げてきたよ」と、愚にもつかない嘘八百を並べ始める。
曳田さんが通報したと、皆に思わせようとしているのだ。
「なにい?ふざけやがって!めちゃくちゃにしてやる!!」
大野たちは、ろくに疑いもせずに怒り出す。
午後17時、曳田さんを監禁している組事務所にやってきた大野たちは「平さんにも逮捕状が出てるみたいだぜ」などと、ここでも嘘をついて、余計に皆をあおる。
「テメー事務所の電話使って通報しただろ!」と、曳田さんを囲んですごんだ。
「そんなことしてません!何もしてないです!!」
涙ながらに訴えたが、意に介さず拳や灰皿で殴りつける。
さらに暴行により血を流し続ける口にティッシュペーパーを入れて火をつけて、悶絶する彼女を見て笑い転げた。
翌24日の午前1時、弱い者いじめが大好きな平は、これまでの暴行で顔が原型をとどめないほど変形して、青息吐息の曳田さんをたたき起こして正座させると、
「テメー通報したろう。埋めるぞ!」
と木刀を突き付け、風俗店に勤めるように要求。
誓約書や借用書を書かせた後、大野、高橋、兼田も加わって再びリンチを始めた。
無抵抗の女性の顔に拳を叩き込み、蹴り上げ、フライパンで強打する。
「…痛いです。もうやめてください…。いっそのこと殺してください」
と弱々しい声で哀願する曳田さんを、午前8時まで暴行し続けた。
これが、最後の暴行となった。
この日の午後3時の組事務所、曳田さんの様子がおかしいことに平が気づき、他のメンバーを集める。
すでにピクリとも動かず、鼻の上にティッシュペーパーを置いても反応がない。
曳田さんは楽しみにしていたクリスマスイブの日に、20年というあまりに短い人生を絶たれていたのだ。
そして、その日受け取るはずだった晴れ着を着て、成人式に参加することもかなわなくなった。
死体遺棄
人を一人殺してしまったにもかかわらずこの人でなしたちは、強がりだったのかもしれないが、何ら痛痒を感じない様子でこう言い合っていた。
「あっけねえ、もう死んだのかよ」
「自業自得だぜ」
「こんな奴、死んだって誰も悲しまねえべ」
「でも、死体どうにかしなきゃな。ダリいな」
平はいったん用事があって事務所を後にし、大野と木場も曳田さんの死体を残したまま外出して、ゲーム機を買って戻ってきた。
そして、平を除く7人はそのゲーム機に興じ、その間に曳田さんの死体にサングラスをかけるなどして笑い合っていた。
午後10時に平が戻った後、改めて遺体をどうするか相談が始まる。
薬品で溶かすとか海に捨てるとかの意見が出たが、結局事務所のあるマンション近くの山の中で燃やそうということになった。
男たちばかり5人は車2台に分乗して曳田さんの死体を積んでその山に向かい、途中で灯油を購入。
山の中で死体に灯油をかけて火をつけたが、なかなか思ったように焼けない。
「しぶといな。もっと燃えろよ」
などと、平は木の棒でつついたりして死体をもてあそんだ。
火が消えた後は焼け焦げた死体を引きずって斜面から投げ落とした。
「ここらはもうすぐ雪が積もるから、春まではバレねえべ」
などと言って現場を後にした。
一方、事務所で留守番をしていた女性陣のうち田中と赤塚は飛び散った血痕のふき取りにいそしんでいたが、木場は寝転がってふんぞりかえっていたようだ。
逮捕
このならず者たちは、曳田さんを監禁して暴行する以外にも悪事を働いていた。
21日、監禁していた曳田さんを車のトランクに入れて知人宅に向かう途中立ち寄ったコンビニで商品を万引き。
なおかつ、店で木場と田中ら一味の女に声をかけた男性二人を集団で暴行して金を巻き上げているし、その日の夜には目が合ったという理由で男性に因縁をつけてカツアゲしている。
22日には平と猪坂の所属する暴力団の忘年会に大野と兼田、高橋も平に連れられて参加。
ゆくゆくは正式な組員となる準構成員として、組長はじめ他の組員一同に紹介するためだった。
その帰り道にも、平以外の4人は通行人を殴って現金を脅し取っていたから、どこまでもクズい連中だ。
曳田さんを殺して山に捨ててから間もない12月31日、今度は平と大野をはじめとした男たち5人が仙台市内のファッションビルで男性5人を暴行、またもやカツアゲだ。
だが、これが悪運のツキとなる。
いつまでもこんな悪事を続けられるほど、仙台市は無法地帯ではない。
この時に兼田が現行犯逮捕され、年が明けた1月には平、猪坂、大野及び高橋も逮捕された。
そしてそのころ、曳田さんを必死に探す両親は娘の交友関係の中から木場の存在を突き止めて、何か情報を知っているのかもしれないと警察に情報提供していた。
警察も木場を曳田さんの失踪に関係があるとにらんで調べを進めていたところ、現在傷害容疑で拘留中の平たちとの交友があることが判明。
曳田さんのことを拘留中の男たちに問い詰めたところ、あっさりと死体を焼いて捨てたことを供述した者がいた。
供述したのは、何と親分格で暴力団員である平。
どうせバレるなら真っ先に供述して刑を軽くしようと考えたらしいが、当初のうちは「事務所で女が死んでいたので、処理に困って燃やして捨てた」と自分で殺したわけではないと言っていたから往生際の悪い奴だ。
あろうことか子分を真っ先に売るんだから、ヤクザとしても褒められたものではない。
平を同行させて山を捜索したところ、供述通り白骨化した死体を発見。
両親から曳田さんが生まれた時のへその緒を取り寄せて鑑定した結果、その死体は曳田明美さんの変わり果てた姿だと断定される。
無事に取り戻したいという両親の切なる願いは、無情にも絶たれてしまった。
その後、仲間の木場が連れてきた女を皆で暴行して死なせたと平が白状し、2月5日には木場を逮捕。
残りの田中と赤塚も逮捕される。
ちなみに、他のメンバーはすべて犯行を自供した中で、木場だけは最後まで否認し続けていた。
その後
この事件の初公判は2001年(平成13年)5月より開かれ、悲憤にくれる両親は、曳田さんの遺影を持って出廷していた。
仙台地裁は一審で「類を見ない非人道的行為」と指弾、被告たちも控訴しなかったために以下のとおり刑が確定した。
- 大野和人、懲役12年(求刑懲役13年)
- 木場志乃美、懲役10年(求刑どおり)
- 平竜二、懲役10年(求刑どおり)
- 猪坂大治、懲役9年(求刑懲役10年)
- 田中久美子、懲役8年(求刑どおり)
- 兼田亮一、懲役10年(求刑どおり)
- 高橋衛、懲役5年以上10年以下(求刑懲役10年)
- 赤塚幸恵、少年院送致
あれだけ残忍な所業をした割にはこの程度であったが、当時の日本では、これが限度であったようだ。
曳田さんの両親はその後の2003年(平成15年)、事件の実質的な首謀者であった木場と大野に対して約1億円の損害賠償を求めて仙台地裁に提訴。
和解協議の名目で、2人との対面を求めた。
自分の娘を殺した犯人と直接会って、どんな者たちなのか知りたかったのだ。
そして、本来ならば親族以外はできない受刑者との面会が実現。
2005年2月2日には栃木刑務所で木場と、3月1日には宮城刑務所で大野との対面を行い、和解が成立。
和解条項には7600万円の解決金の支払いと両親への「心からの謝罪」が盛られていた。
もっとも、法的には和解を成立させたとはいえ両親によると木場は泣いてばかりであったし、大野は謝罪はしたものの形ばかりのようでどこか他人事であり、両人とも心から反省している様子はうかがえなかったようだ。
2022年現在、この8名は全員刑期を終えて出所しているものと思われるが、あれほどのことをしでかした奴らがたった10年かそこらでこの社会に放たれていることに驚きと憤りを感じざるを得ない。
反省しているとか更生しているとかは関係ない。
こんな奴らが一般社会で、もしかしたら自分の近くにいるかもしれないなんて考えたくもない。
こいつらは死後、曳田さんのいる天国ではない方に行くことは確実なんだろうが、今すぐそこに送り込んでやりたいと思うのは私だけではないだろう。
参考文献―『再会の日々』(本の森)・河北新報
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