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「うるさいと口を糸で縫うぞ!」
幼い時分、騒いでいると、よく親にそう脅されたものである。
私以外にも、言われことのある方は多いのではないだろうか?
最近では「ホチキスでとめる」の方がメジャーかな。
子供のころから、もし本当に口を糸で縫われたら、シャレにならないと思ったものだ。
しゃべれなくなる以前に、その痛みは半端でないであろうことぐらい、子供でも想像できる。
だから、本当にやられることはないだろうし、実際やられた人もいないだろう。
そう思っていた。
だが、世の中は広い。そして恐ろしい。
いたのである。この日本で、リアルに口を糸で縫われた人が!
それも、安土桃山時代や江戸時代の話ではない。
その事件が起きたのは、限りなく現代に近い昭和48年(1973年)12月18日の大阪府門真市だ。
おしゃべり大工
この口を糸で縫われてしまった気の毒な人は、大阪府茨木市に住むAさん(当時34歳)。
彼がそんな目に遭った原因は、そのままズバリ「口」だった。
このAさんは職業が大工であり、職人気質で口数の少ない人と思いきやその逆。
結構なお調子者で、あることないこと周囲に吹いて回る人物であったらしい。
そんな彼は、大阪府内の門真市にある一軒の洋酒喫茶に通い詰めていた。
目的は、その喫茶店のママ。
ママが美人であったか否かは別にして、少なくとも、Aさんはぞっこんであったようだ。
だからであろうか。
ある日、仲間と談笑していた時に、Aさんは、彼女についてこんなことを口にした。
「ワイ、あそこの喫茶店のママと寝たで!ヒーヒー言わしたったわ!」
嘘である。
「そうしたいな」と思うがあまり、口から出まかせを吐いたのだ。
だが、その場で皆の注目を浴びて調子に乗ったのか、それからも、彼はさも濃厚な肉体関係になっているようなことをペラペラ語った。
ばかりか、Aさんは後日、他の人間にもそのハッタリを自慢げに吹いて回るようになった。
それが大きな災難を招くことになる。
あまりにも多くの人間に言いふらしたからだろう。
Aさんのホラは、やがて巡り巡って喫茶店のママの周辺、それもよりによって彼女の旦那の耳に達してしまったのだ。
しかも、より厄介だったのは、その旦那の職業である。
暴力団幹部だったのだ。
昭和48年12月18日大阪府門真市
喫茶店のママの夫である福井某(当時41歳)は、泣く子も黙る巨大組織山口組の三次団体幹部で、殺人未遂など前科七犯の猛者。
話を耳にした福井は当然激怒し、12月18日の夜8時に、Aさんを門真市の自宅に呼び出すと、子分二人と共に、二階の部屋へ引きずり込んだ。
そして、その部屋で、余計なことを吹いて回ったおしゃべりへの過酷な制裁が始まった。
「こんガキぁ!ナメたマネさらしよってからに!覚悟せえ!!」と、ゴルフクラブでAさんを乱打したのだ。
「すんまへん!堪忍してください!アレはちゃーうんです!ホンマはやっとらんのですぅぅう!!」
Aさんは必死に弁明したが、それで済むならヤクザはいらない。
やっているいないにかかわらず、ここまで公言している以上ナメていることに変わりはないからだ。
福井らはAさんを裸にして縛り上げると、
「リンチはワイの専売特許や!もう余計なことしゃべれへんようにしたらぁ!!」
と言って、何と木綿針と糸でAさんの口を四針も縫った。
まさに口が招いた災いだが、その災いは口だけにとどまらなかった。
福井らは熱した鉄片をAさんの上半身に押し付けるというリンチまで行ったのだ。
「~~~~~!!!!」
口を縫われたままのAさんは叫び声をあげることすらできない。
そんな地獄のような暴行は翌日午前2時まで続いた。
幸いなことに、Aさんは命まではとられず解放されて、その足で近くの病院に駆け込んだ。
だが、その病院で縫い合わされた糸を抜いてもらうなどの治療を受けたものの、一か月の入院を余儀なくされる重傷であった。
自分の女房と関係を持ったと吹き回ったお調子者相手とはいえ、この仕置きはやりすぎだ。
暴力団員というのは本当に恐ろしい。
福井はその後、大阪府警の取り締まりにより、他の傷害罪や覚せい剤取締法違反で逮捕されて大阪拘置所に入れられていたが、三か月後の翌年昭和49年(1974年)2月14日に、この件が明るみに出たことで、再び警察署に移送されて取り調べを受けた。
ちなみに、Aさんの口を縫ったことへの法的裁きはいかほどであったかまでは、報道されていない。
しかし、昭和40年代の末期はまだ暴対法もなく、現在からみれば反社会勢力の暴力団が「保護」されていたも同然で、街の中に堂々事務所を構えて悪さをしていたんだから、すごい時代だった。
身から出たサビとはいえ、あまりにもひどい仕打ちを受けたAさんだが、もし2021年現在ご存命なら、82歳くらいだろう。
しかし、当時の恐怖と痛みは、半世紀近くたった今も忘れていないはずである。
口に縫われたような傷跡と、上半身の胸や腹に火傷の跡がある高齢者の男性を銭湯かどこかで見かけたとしても、「福井のこと覚えてますか?」とか話しかけるのは、人としてあるまじき行いだ。
それより、もっと心配なのは福井も存命で、この文章を目にしたら筆者はどうなるのか?ということだ。
もし生きてたら、福井の方は90近い年齢になっているはずだから筆者でも秒殺できるが、彼の舎弟や子分のまたその子分が私のところに押しかけてくるかもしれない。
口を糸で縫うのだけは、勘弁してほしいものである。
出典元―毎日新聞、朝日新聞、毎日新聞社『昭和史全記録』
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