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善良すぎて殺された青年 ~1999年・栃木リンチ殺人事件~ 第三話


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第三話 監禁地獄のはじまり

借金ツアー

翌9月30日、正和は仕事を休んで萩原の車に乗せられて、消費者金融回りをさせられた。

会社の上司には「実家の急な用事で休みます」と伝えており、これが萩原の命令であることは言うまでもない。

彼にとって、初めての欠勤であった。

昨日は審査ではねられてしまったが、今日回った他の消費者金融二社は首尾よく審査が通り、「レイク」「日本クレジットサービス」から、それぞれ15万円づつ合計30万円を借りることに成功する。

その金の大部分は萩原の懐に入り、梅沢と村上にもおひねり程度の分け前が与えられた。

だが、強欲ダニ野郎の萩原がこれで満足するわけはない。

消費者金融の限度額いっぱい借りさせた後は、正和の友人知人から金を引っ張り始めたのだ。

それも例のごとく「ヤクザの車と事故って修理代を請求されている」などの口実である。

また、そのやり方は、悪辣かつ卑劣なものだった。

正和が会社を休まされた30日の午後5時ごろ、早番を終えて会社の寮でくつろいでいた同期の同僚・香田孝(仮名・19歳)のケータイに正和から着信があった。

香田はただの同期ではなく、正和の出身高校の同級生でもあり、その縁もあって実際に仲のいい友人である。

「おう須藤、今日休んでたろ?寮にもいねえしさ。どうしたんだよ」

「いや、ちょっと遊びに行ったんだけど、帰る足がなくなっちゃってさ。悪いけど、迎えに来てくれないかな?」

正和は寮からやや遠い宇都宮市にある国道四号線沿いにあるレンタルビデオショップにいることを伝えてきたため、マイカーを持っていた香田は、その場所に迎えに行くことにした。

彼にとって正和は友人であるし、以前に無理な頼みを聞いてもらったこともあるからごく自然に「それくらいなら」と思ったのだ。

だが、そこにいたのは、ずっと前に事故を起こしたとかで会社を休み続けている札付きの不良社員、梅沢一人のみである。

「須藤は、ちょっと先行ったトコにいっからよ。車出せや」と勝手に車に乗り込んできた。

香田は、最初から正和のこの手の頼みは珍しいと思っていたが、なぜ梅沢のような不真面目な奴と一緒にいるのか理解に苦しんだ。

とはいえ、さっさと正和を拾って帰ろうと思って梅沢の指示する場所に向かった香田は仰天することになる。

何と長髪だった頭がスキンヘッドにされているだけではなく、眉毛も剃られていたからだ。

しかも一緒にいるのが、正和には似つかわしくないヤカラそのものの二人である。

そして正和は「ヤクザの車にぶつけちゃって100万円請求されてる。頼むから金を貸して欲しい」と泣きそうになって頼んでくるではないか。

香田は理解した。

こいつらは最初から金を巻き上げるつもりで、正和をダシにして自分を呼び出したんだと。

それが証拠にヤカラの小さい方は「貸すのか貸さねえのか、はっきりしろよ」と語気鋭く香田を脅してくる。

さらにはデカい方などは「テメーの頼み方がわりーんだよ!」と正和を殴った。

これ以上金を払わないと、友人をますますひどい目に遭わせるというパフォーマンスである。

人質をとったも同然の卑劣なやり方だ。

屈した香田は結局、消費者金融の無人契約機から20万円の金を引き出させられて、その金は正和に貸すという面目で梅沢が受け取ってヤカラ二人とともに、正和を自分たちの車に乗せたまま消えた。

そして、同じように萩原たちは香田以外の日産の同僚、中学の同級生たちからも、金を借りさせることを繰り返すようになる。

彼らは後にいつも監視するように少し離れた場所で、三人の目つきの悪い男がいたと話していた。

もちろん、萩原たちのことである。

友人たちが貸した金は十万単位であることが多かったが、それは正和の人柄を信頼していたからなのだ。

正和(一番左)と中学の友人たち

正和は萩原にとっていい金づるだったが、その待遇は人質どころか、しょっぱなから奴隷そのものだった。

30日には飲食店で食事した際、村上がトイレに入ったすきに、村上の食事に萩原と梅沢がタバスコを投入、それを正和のせいにしてそれを食べさせる。

萩原が「梅沢にアホと言え」と正和に命じて言わなかったら殴り、言ったら梅沢に殴られた。

また、「てめえ、オレの車のシートに焦げ跡つけやがったな!50万払え!!」「オレのサングラス壊したべが!100万すんだぞコレ!!」とか無茶苦茶な言いがかりをつけて殴り、延々金を借りる先を探させるようになる。

昨日から続くおっかないことこの上ない奴らによる怒涛の悪意に、ケンカをしたこともなければ他人に強気に出たこともほとんどない臆病な青年の心は凍り付き、ヒビが入り始めたことだろう。

またいつの時期だか不明だが、正和を黒羽町にある彼の実家近くに連れて行き「実家は分かったかんな。逃げたら…、分かってるよな?」と脅したこともあった。

帰省すると両親が温かく迎えてくれた実家を目の前にしながら、「逃げません…」と答えた正和は、どんな気持ちであったことだろう。

きっと「父さん母さん、助けて!」と叫びたかったはずだ。

だとしても、怖がるあまり反抗することが無理であったにしろ、逃げる勇気くらいは持っているべきだった。

萩原たちは、正和を見張りもなしに車に残し、借りさせた金で風俗店に行ったりしてたから、チャンスが全くなかったわけではないのだ。

「神は自ら助くる者を助く」という言葉があるが、自ら助かろうとしなかった者は、助けないことが多いらしい。

神に全く背かず、愛されて然るべき性格と生き方をしてきた正和も、例外ではなかった。

ばかりか、天罰にしては、やりすぎな仕打ちが待っていたのだ。

少しも助かろうとしなかった彼には、間もなくこの世で、萩原ら鬼たちによる地獄が待っていた。

「熱湯コマーシャル」という地獄である。

熱湯コマーシャル

その拷問ばりの残忍な暴行は、面白半分で始まった。

10月上旬になっても、正和は解放されない。

萩原たちに連れ回されて友人知人に金を借りさせられ、その金を巻き上げた萩原らが風俗やパチンコ、キャバクラなどの遊興費で使い果たすと、また別の誰かに借金のお願いをさせるという最悪のループが始まったばかりだったのだ。

「こりゃ、一生遊んで暮らせんじゃねえか?」

濡れ手に粟で大金をせしめるようになった萩原は上機嫌になり、巻き上げた金で宇都宮市内のスナックに飲みに行った際に、梅沢と村上以外に、一番の殊勲者である正和も同席させた。

そして、ここでもお約束のように悪ノリする。

正和に焼酎の一気飲みを何度もさせて、酔いつぶしたのだ。

しかし、それからが面倒だった。

完全につぶれた正和が倒れてしまったので、宿泊先として選んだラブホテルに担いで運ぶ羽目になる。

「世話焼かせやがってよ、うわ!コイツ小便もらしてやがる!」

酩酊するあまり、失禁してしまったのだ。

「オイ!起きろ、須藤!起きろって!」と村上がビンタしても、目覚めやしない。

梅沢と村上は、仕方なしに体を洗ってやろうと正和から服をはぎ取り、浴室に運び込んでシャワーを浴びせた。

「起きろよ、早く。起きろって、この野郎」

浴槽に寝込む顔めがけて梅沢はシャワーをかけてもみたが、やっぱりだめだ。

温度上げたら起きるんじゃねえか?

そう考えた梅沢が、シャワーの温度を50度近くまで上げると、ピクリとはしたが、まだ反応は鈍い。

もっと温度を上げてやったらどうだ?

さらに高温にしてかけたところ、さすがに動き出して「アッチ!アッチ!あちちちち!!」と転げ回り始めた。

これ、おもしれえじゃねえか!

いたずらどころではない、深刻な火傷になりかねない極めて悪質な仕打ちにもかかわらず、梅沢はその反応を面白がって続ける。

こいつは相手の痛みなどお構いなしな性格で、面白いと思ったら調子に乗って、とことんまでやり続ける野郎なのだ。

「なあ、これって殴るより効果あるんじゃねえの?」

喜色満面で萩原たちに提案するや、同じ人でなし二人も完全に同意。

「熱湯コマーシャル」と命名された。

「熱湯コマーシャル」とは、かつて日本テレビ系列で放映されていた『スーパーJOCKEY』の名物コーナーである。

芸能人などの出演者が浴槽に入った熱湯に入り、浸かっていられた秒数だけ自分の宣伝ができるというものだ。

彼らにとっては、そのコーナーのリアル版という位置づけのつもりのようだったが、リアルにやっていいものと悪いものがある。

現に熱湯を浴びた正和の皮膚は、火傷したのか赤く腫れた部分が目立ち、問答無用で正気になって、その部分に水をかけ始めていた。

だが、信じられないことに、この残忍な「熱湯コマーシャル」は、この一回で終わらなかったのだ。

その後、何度も繰り返され、恐ろしいことに全身の皮膚がただれて膿を出し始めても続けられることになる。

ちょうど同じ時期、栃木県那須郡黒羽町の正和の実家では、離れた会社の寮で暮らす息子の様子がおかしいことに、両親である須藤光男と洋子が気づいていた。

正和は、日産に勤務し始めて独身寮に入ってからも月二回は実家に帰省しており、9月には10月1日に帰ってくると言っていたので楽しみに待っていたところ、直前になって「会社の行事があるから帰れない」と伝えてきたのだ。

こんな直前にキャンセルしてくることはなかったので、その時は少々驚いたが、10月4日のまだ朝早い7時くらいの時間に「生活費を5万円ほど振り込んでほしい」という正和の連絡を受けてから、何らかの違和感を感じた。

高価な服を買って金がなくなったからと電話では話していたが、正和は元来ファッションに無頓着だったし、それまで決して金を無駄遣いする息子ではなかったからだ。

「珍しいな。しゃれっ気がとうとう出たのかな」

正和の口座の預金通帳は須藤家にあったので、それを使ってATMで金を振り込んだ父親は、出てきた通帳を見てより大きな違和感を抱く。

それまでコツコツ着実に貯まっていた残高が、9月29日の時点でごっそり消えているのだ。

萩原らに貯金残高全額をとられ、連れ回されるようになった日である。

10月1日の「会社の行事がある」という電話も、朝の金の無心の電話も萩原の指示によるものだったが、この時点で父親は知る由もない。

そしてこの日のうちに、両親は違和感どころか明らかな異変の発生を知ることになる。

午後2時、勤務先の上司である人物から電話があり、正和が先月の30日に家の用事で休むと伝えてきて以来、出勤してこないことを知ったのだ。

学校だってめったに休まなかった正和が、会社を無断欠勤?

どういうことだ?

行方を絶った息子を、必死に探す両親の戦いが始まった瞬間であった。

正和の両親

続く

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