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1983年4月15日にオープン以来40年、「世代を超え、国境を超え、あらゆる人々が共通の体験を通してともに笑い、驚き、発見し、そして楽しむことのできる世界…」を理念として、大人も子供も楽しませてきた東京ディズニーランド。
そんな夢の国のすぐ近くで、今から30年以上前に、あまりにも悲惨な出来事が起きていた。
時は1989年(平成元年)12月2日、同園から目と鼻の先のオフィシャルホテルでもあるシェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテルで、一家心中事件が起きたのだ。
この心中した一家の中には、11歳と6歳の幼い兄弟も混じっていた。
誰もが幸福でいられるはずの場所で、なぜ彼らはこんな悲しい結末を自ら迎えなければならなかったのだろうか?
心中した一家
1989年(平成元年)12月2日午前1時10分、ディズニーランドの目と鼻の先にあり、オフィシャルホテルにも指定されているシェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテルの北側の中庭に、複数人が倒れているのを宿泊客が発見。
倒れていたのは子供も含む男女四人で、すでに死亡していた。
ホテルのいずれかの部屋から飛び降りたらしい。
両親と思しき中年の男女はジャンパー姿で、子供二人はオーバーコート姿だったという。
やがて彼らは、このホテルの10階に宿泊していた家族であり、岐阜県不破郡垂井町から来た会社員の中林昭さん(仮名・39歳)、妻の美彩さん(仮名・35歳)、長男の弘樹君(仮名・11歳)と次男の啓二君(仮名・6歳)の家族だと判明する。
一家は11月26日から同ホテルに滞在しており、宿泊していた部屋には四通の遺書が残されていたことから、心中したと見て間違いはない。
その遺書は、中林家の一人一人がそれぞれ書いたものだった。
まず、父親の昭さんは自分の実家や上司にあてて、『お世話になりました。妻が心臓病でよくならず、不安感がつのっていました。その結果、死を選ぶことになりました…』
母親の美彩さんは自身の父親に、『私の体は悪くなるばかりで、生きていても長生きできないだろうと思います。夫と弘樹と三人で話し合い、死を選び、旅に出ることになりました。今日でこの旅も終わりです』と記していた。
長男の弘樹君も、彼にとっては祖父である美彩さんの父親に遺書を書いていた。
『おじいちゃん。これまでの11年間、どうもありがとうございました。楽しいことがたくさんありました。お父さん、お母さんが苦しんでいるのを見て、僕は決めました』
幼稚園児だった啓二君は、遺書のかわりに祖父の似顔絵を残していた。
遺書から分かるように、中林一家が心中する原因となったのは、母親である美彩さんの病気であったようだ。
美彩さんはこの10年前より糖尿病を患い、しょっちゅう起こる発作に苦しめられていた。
家族仲の円満だった中林家の大黒柱の昭さんは、たびたび会社を早退して妻の看護にあたっていたし、長男の弘樹君も午後5時には帰宅して、家の手伝いをしたり病院へ薬を取りに行ったりしていたという。
だが、美彩さんの病状は日に日に悪化し、病魔に苦しむ美彩さんと介護に追われる一家は、疲弊して限界に達していたと思われる。
そして、前途を悲観した中林一家は、10月18日にこの苦しみに自ら終止符を打つ決意を固め、自宅からそろって姿を消す。
その前日、幼稚園に次男の啓二君を迎えにやってきた昭さんは、「一週間ほど旅行に連れて行きます」と職員に話していた。
弘樹君の小学校の担任にも、同じようなことを言っていたらしいが、一週間たっても登校してこないのを不審に思った担任が、中林一家の近所に住む子供たちの祖父である美彩さんの実父に連絡。
祖父は、一家の暮らす県営住宅へ行ったが家はもぬけの殻で、郵便通帳が一冊残されており、口座から300万円が引き出されていた。
最後に思い出を残そうと、二度と帰ることのない永遠の家族旅行に出たのだ。
慌てた祖父は、最寄りの警察署に連絡して捜索願を出した。
その後、不意に一度長男の弘樹君から電話があったという。
しかし彼は「元気だから」と話していたものの、どこにいるかは言わなかった。
彼らが悲しき不帰の旅のエピローグとしてディズニーランドを選び、シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテルにチェックインした11月26日までの足取りは分かっていない。
そして、一家が命を絶った12月2日は美彩さんが「今日でこの旅も終わりです」と遺書に記したように、同ホテルをチェックアウトする予定の日だった。
無力だったディズニーの魔法
一家が落ちた場所は玉砂利が敷き詰められた中庭であり、それがクッションとなったらしく四人とも驚くほどきれいな死に顔だったと、現場を見た宿泊客の一人は涙ぐんで証言している。
彼らの遺体は4日に浦安市で火葬され、親族によって岐阜へ帰った。
一家が泊まっていた部屋には、遺書の他にランド内で買ったと思われる大きなミッキーマウスのぬいぐるみやおもちゃも残されていた。
さらに、数冊の預金通帳と数十万円の現金。
ホテル代と迷惑料を清算したつもりだったんだろうか?
心中の場所に選んでしまった上に、宿泊費を踏み倒す気はなかったのだろう。
彼らなりの心遣いだったとすれば胸が痛む。
何より、この世の見納めと各地を漫遊してから最後にディズニーランドを楽しんだ後、どんな気持ちでこの最後の瞬間を一家そろって迎えたのかと思うと、心が張り裂けそうになる。
自殺はいけない。
ましてや、幼い子供まで巻き込んで心中するなんて考えられない。
そう言うのは簡単だ。
誰が好き好んで一家心中などするものか。
こんな手段でしか終わらせることができなかったほどの苦しみと悲しみを、この一家は味わい続け、それが限界に達してしまったのだろう。
ディズニーランドについて書かれたある本で、借金苦で心中を図る前の最後の思い出にとやって来たある一家が、ランド内で子供たちが楽しんでいる姿を見るうちに思いとどまり、「生きてもう一度やり直そう」と決心したエピソードが紹介されている。
ウソか誠か知らぬが、それを「ディズニーの魔法だ」などとその本では絶賛していたが、中林一家にその魔法は効かなかった。
そんな程度のものでは救えないほど、彼らの苦悩と絶望は大きかったのだ。
だったとしても、こんな悲しい手段を取らなくても、よかったじゃないかと思わずにはいられない。
我々にできるのはこの世で苦悶したぶん、向こうの世界で報われていて欲しいと願うことだけだ。
しかし、多くの宗教では自殺した者の魂は死後も救われず、天国に行けないと説いている。
それが本当だったら神は何と非情なのかと、この一家の一件に関しては思う。
死を選ばなければ解決できない苦しみも、世の中にはあるのがわからないのか。
天罰上等で言わせてもらう。
神よ、もし存在するならよく聞け。
この一家の魂だけは何が何でも救え。
彼らは、貴様が気まぐれで与えた試練に殺されたんだ。
責任を取れ!
出典元―岐阜新聞、朝日新聞、女性セブン
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