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「加害者も加害者なら、被害者も被害者」と言わざるを得ない事件が起きることがある。
どう考えても加害者は「普通はこんなことやらないだろう」ということをしでかし、被害者は「普通はこんなことやられないだろう」ということをされる事件のことだ。
1975年(昭和50年)に起きたこの珍妙な出来事は、まさにそれにあたり、その「どっちもどっち」さぶりは語り継ぐに値すると考える。
大志を抱く出来損ない
兵庫県姫路市で生まれた片倉卓己(仮名・19歳)は、お世辞にもデキのいい男とは言えなかった。
地元姫路市内の中学を卒業後に、高校受験に失敗。
家庭環境が複雑で家に居づらかったこともあって、1973年(昭和48年)に上京して新聞配達の仕事を始めたが、一緒に働いていた年上の大学生を殴ってクビになってしまう。
その後は東京をいったん離れ、翌年四月に四国の電波系高等専門学校に入学したが、せっかく入った高専も合わなかったらしく一年余りで退学してしまった。
その後、自分探しをするように職に就いたりしていたが、高専を退学した1975年に再び上京する。
科学技術に興味のあった片倉は、いつしか科学者になりたいと思うようになっており、それを実現するために、理系の大学に入ろうと受験勉強をするつもりだったのだ。
しかし、その夢は、片倉の知能を大きく上回っていた。
高校を卒業していない彼は、まず大学受験の資格を得るために大学入学資格検定(現・高等学校卒業程度認定試験)をパスする必要があり、大学入学試験は、それよりさらに難易度が高かったのは言うまでもないが、どちらもからっきし合格する自信がなかったのである。
普通なら、この時点であきらめるし、だいたい19にもなったら自分の能力や資質をある程度把握して見て、いい夢と悪い夢の区別くらいはつくはずだが、片倉にはそれが分からなかった。
どうしてもクリアしたいが、全く自信がない試験にどうやったら受かることができるのか?
普通のバカならば、やるだけムダな受験勉強をダラダラ続けたことだろう。
だが、片倉はそんじゃそこらのバカとはレベルが違った。
その劣悪な頭脳で思いついたのは「自分の代わりに誰か頭のいい奴に受験させる」ことだったのだ。
そして、そんな都合のいい奴に心当たりがあった。
気弱な大学生
だいたい、入学試験にも合格できない者が授業についていけるわけがないのだが、片倉は合格して入学さえしてしまえば、こっちのもんだとでも思っていたんだろう。
間違いなく頭が悪い。
しかし、片倉は頭こそ悪かったが、行動力が抜群にあった。
思いついたら、すぐ行動なのだ。
つまり、バカなぶん相当タチが悪い。
上京して借りた部屋は、北区十条のアパート。
そこには、顔見知りが住んでいたからなのだが、その顔見知りとは、最初に務めた新聞店で片倉が殴った大学生だった。
その大学生、本田雄介(仮名・21歳)は某工科大学の三年生で年上だったが、極端に気弱な男であったために、ちょっと脅せば言うことを聞いてくれる奴である。
新聞店にいた時に殴ってしまったのは、日ごろからいいように使っていたところ、ちょっと気に入らない態度を見せたことからついカッとなったからだ。
そんな奴と同じアパートに引っ越してきた目的は言うまでもない。
目的どおり、自分の替え玉として受験させるためだ。
本田はヘタレだが腐っても大学生である。
試験がからっきし苦手な自分が受験するよりも、合格する確率ははるかに高い。
6月ごろ、片倉は本田に自分の替え玉となって受験するように強要。
その際「オレは地元にヤクザのツレがおってのう。嫌や言うんやったら、そいつも連れて来たるで!」と見え見えのハッタリまでかました。
とんでもない無茶ぶりだが、本田は元々気弱すぎるうえに、以前片倉に殴られたこともあって、恐怖が身に染みていたと思われる。
その要求を嫌々飲まされた結果、受験勉強地獄が始まった。
受験勉強地獄
いくら大学生とはいえ、何もせずに一発で合格できるとは思えない。
念には念を入れて、やりすぎなぐらい勉強するのが望ましいのだ。
片倉は、受験で必須となる科目の参考書を本田に買い与えて学習スケジュール表を作成、一日五時間の受験勉強を義務付けた。
勉強は片倉の部屋でさせ、その間つきっきりで本田の勉強を監視。
本田はアルバイトの新聞配達をしつつ昼間は学校に通っているから学習中にウトウトすることがあったが、片倉は甘やかさない。
ちょっとでも居眠りしようものならば「合格する気あんのか!!わりゃあ!!」と、タバコの火で根性焼きか鉄拳制裁だ。
片倉は、自分が勉強する場合はダラダラやっていたが、他人に勉強させる場合は熱心かつスパルタなのだ。
自分の夢を実現するためなんだから、手は決して抜かない。
本田の家財道具も没収して自分の部屋に運び込み、「逃げた場合はこれを処分する」と脅した。
本田も本田で、いくら気弱で自分で抵抗する勇気はなかったとしても、学校や周囲の人間に相談するくらいできそうなものだが、対人恐怖症的なところもあったのか相談できる友はなく、東京で唯一知っている人間は片倉だけだったようだ。
知人が片倉のようなバカしかいないとは最悪である。
強制受験勉強が始まって一か月後、本田の大学は夏休みに入った。
だが、本田に遊ぶ時間はない、夏休みを制する者は受験を制するのだ。
学習時間は、なんと12時間にされてしまった。
これでは、授業がある時よりきつい。
本田がウトウトする頻度も多くなり、そのたびに、片倉によるお仕置きにも力がこもる。
「もうすぐ大学入学資格検定やぞ、分かっとるんか!!?」
そして、大学の夏休みも終盤を迎えた8月28日、朝から英語の学習をさせられていた本田がまた居眠りを始める。
「ナニ寝とるんじゃい!ボケェ!!」
この日、特に機嫌が悪かったらしい片倉は激怒し、火で熱したナイフを本田の右腕に押し付けた。
「あっつううううう!!!!」
この暴行には、さすがの本田もたまりかねたようだ。
同日午後1時ごろ、今までされるがままだった彼は、隙をついて部屋から脱走。
110番通報した結果、駆け付けた警察官によって片倉は暴行傷害の容疑であっさり逮捕され、その実現方法を大いに間違えた夢は潰えた。
自分が受かる自信がないから、他人に受験させようと勉強までさせ続けていたこの奇特な事件だが、加害者の片倉も相当なバカだが、被害者の本田もかなりのもんであろう。
一番悪いのは片倉だが、ここまでされるがままだった本田も問題だと言わざるをえない。
極端にバカで凶悪な奴と極端に気弱な奴が出会ったからこそ起きた世にも珍妙な事件であった。
出典―読売新聞、毎日新聞、朝日新聞
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