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死刑確定囚・野比のび太 – 第十八話・引きこもりの息子と家族のジレンマ


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限界親子

練馬区役所の一角にある相談窓口。

明るい蛍光灯の下、野比のび太の両親である野比のび助と玉子は、緊張した面持ちで座っていた。

窓口の職員は書類を前に、慣れた口調で説明を続ける。

「お話を伺う限り、ご子息は精神科の専門機関で診察を受けられた方がいいかもしれませんね。ただ……ご本人の同意がなければ、強制的に入院させることはできないんですよ。」

「……そう、ですか。」

玉子の顔は、疲れ果てていた。

手元のバッグをぎゅっと握りしめ、夫ののび助をちらりと見る。

彼もまた黙り込んでいる。

ここに相談に来るのは、何度目だろうか。

のび太が中学一年生で引きこもり始めてから、すでに十数年が経っている。

最初のうちは、何とか学校へ戻すことを試みたが、その努力は報われることはなかった。

そして、成人してなお一歩も外へ出ない息子を前に、どうしていいのか分からなくなってしまったのだ。

「私たち……どうすればいいのでしょうか」

玉子の声は震えていた。

「お母さんも、かなりお疲れのようですし、一度ご家族全体でカウンセリングを受けるのもいいかもしれません」

職員の優しげな言葉に玉子は小さくうなずくが、その目には希望の光は見えなかった。

そのころ、剛田武は自分の会社「剛田商店」本社からほど近い実家に住む母を訪ねていた。ここは、武が剛田商店を引き継いだばかりの時までは実体店舗として営業をしていたが、現在は今の本社にすべての機能を移転して、今はかつて店舗だった名残が残るだけである。

生まれ育ち、ずっとここで過ごしてきた懐かしい実家に母の手作りの夕飯の香りが漂う。

妻の静香と子供たちは、高校時代の友達たちと子供同伴のお泊り女子会に出かけており、この日は実家で久々に母の作った夕食を摂ることになっていたのだ。

「武、随分早く来たじゃないの」

母が軽く笑いながら食器を並べると、武は黙って箸を手に取った。

ビジネスの最前線で働いている彼だが、この家に帰ると肩の力が抜ける。

「あんた、最近元気?忙しいんでしょ」

「まあな。でも忙しいのはいいことだろ。母ちゃん」

食事をしながら、最近、週刊連載で忙しい漫画家の妹の話題や、葉音と優士を今度はいつ連れて来てくれるのか?などと祖母らしいことを言う母の話を聞きながら、武が箸を口に運んでいると、不意に話題を変えた。

「ねえ、武。近所の野比さんのこと聞いたことある?」

「野比?……のび太んとこか?」

箸を止め、武は顔を上げた。

「息子さん、まだ引きこもっているらしいのよ。もう33歳だっていうのに……玉子さん、すっかり疲れ果ててね」

「……まだ引きこもってんのかよ、アイツ!」

武は呆れたように言いながらも、微かな罪悪感が胸をかすめた。

小学校時代、のび太をさんざんいじめて楽しんでいたのは事実だ。

中学に上がって野球部に入ってから、自分が上級生に理不尽なしごきを受けるようになって、初めてやられる側の気持ちがわかり、他の小学校出身者にいじめられていたのび太を助けてやったこともある。

しかし、守り切れなかった。

のび太は、いじめを苦に登校拒否になり、それから学校に来なくなったのだ。

中学の時、もうちょっとあいつにかまってやれば、いや、あいつの問題だ。

そういったちょっとした葛藤が時々頭をもたげていたが、まさか今でも引きこもっているとは思わなかった。

「……武、なんとかしてやれないのかね?」

母の言葉が武の胸に突き刺さる。

「俺が……?」

「そうよ。あんた、あの会社を立て直して、ここまで大きくしたじゃない。力があるんだから、何かしてあげられるんじゃない?」

武は椅子にもたれかかり、黙り込んだ。

確かに――自分には力がある。

自分の会社で雇って、少しずつ社会に慣らしてやることだってできるかもしれない。

いや、自分ならできる。

「母ちゃん、のび太の親父さんとお袋さんに伝えといてくれよ……」

母は驚いた顔をして息子を見つめた。

「俺が何とかしてやるってな!」

その言葉には、持ち前の男気と過去へのわずかな償いが込められていた。

のび太を小学校時代にはさんざんいじめ、中学校時代には見捨てた、という罪悪感が時々頭をもたげていたのだ。

夕飯を食べ終えた剛田武は「今度は葉音と優士を連れて来るからよ」と母に別れを告げてベントレー・ベンテイガに乗り込み、芝浦の自宅マンションに向けてハンドルを握った。

あいつがああなったのには、俺にも責任はある。

それの清算はしなくっちゃな!

バックミラーに映る自分の表情は、かつての「ジャイアン」そのものだった。

この男気が、最悪の悲劇の幕開けとなるとも知らず――。

続く

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