教養番組『英雄たちの選択』で見る磯田道史の凄味
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磯田道史という歴史学者がいる。
岡山県出身の1970年生まれ、
東京歯科大学客員准教授、静岡文化芸術大学文化政策学部准教授などを歴任し、現在、国際日本文化研究センター准教授。
著作は『武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新』『天災から日本史を読みなおす』『感染症の日本史』など多数あり、
『武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新』は第2回新潮ドキュメント賞を受賞し、2010年には『武士の家計簿』のタイトルで映画化までされている。
2018年(平成30年)3月16日には「明治150年」を記念して平成天皇・皇后へ進講。
歴史関連のテレビ番組にもコメンテーターや司会として多数出演しており、NHK BSプレミアムで放送されている教養番組『英雄たちの選択』では司会を務めている。
このように歴史学者として華麗な経歴と実績を有し、各方面で大活躍している磯田氏だが、学者となる前の経歴を見るとまさに歴史家になるために生きてきたような人物だということが分かる。
磯田氏の家系は備前岡山藩の支藩である備中鴨方藩重臣に連なり、古文書が数多く残されていたという家庭環境だったために幼少の頃から歴史好きになった。
氏と同じく幼少の時から歴史好きになった者は私を含め少なくないが、氏の研究方法はそのころから他の未来の歴史好きとは一線を画していた。
何と小学生時代、近隣市町村の石仏から拓本を取って回るのが趣味だったのだ。
小学生とは思えない渋すぎる趣味である。
「子供のまま大人になった人」という言い方があるが、氏の場合は「子供の頃からオッサンだった人」も兼ねていると言った方が正しいであろう。
だが、そのおかげで同級生の女子に「オジン」の烙印を押されてしまい、それがトラウマになったようだが。
中学生になると古文書に興味を持つようになり、高校時代には『近世古文書解読辞典』を使って古文書の解読を始める。
私をはじめ幼少より歴史オタクになった者の多くは、大河ドラマか『学習まんが日本の歴史』などのマンガから歴史研究を始めており、中学や高校からようやく活字の歴史書を読み始めることが多いが、氏はこの時点で筋金入りだったのだ。
大学は当然のことながら史学を選択し、京都府立大学文学部史学科に入る。
史跡や古文書の多い京都ならば研究を行いやすいとも考えたようだが、同大に大学院がなかったことから大学の授業を受けながら受験勉強、翌年慶應義塾大学文学部史学科に入学した。
慶應義塾大学では、学内の図書館の膨大な文書の閲覧に熱中するあまり卒倒して救急車で運ばれたことがあるほど研究に専念。
同大学を卒業し、2002年(平成14年)同大学院文学研究科博士課程を修了、論文「近世大名家臣団の社会構造」で博士となった。
そんなバックボーンを持っている磯田氏であるから、自らが司会を務める教養番組『英雄たちの選択』で見せる歴史分野に関しての博覧強記ぶりは目を見張る。
日本史におけるどの時代のどの人物、どの事件や時代背景に対してもそれなりの知識と見解を持っているからだが、磯田氏に限らず博士号を有するような学者ならばそうであっても不思議ではないのかもしれない。
だが、氏の瞠目すべき点はそういった碩学ぶりだけでは決してない。
各時代の様々な事柄や現象を、現代的に分かり易く且つ絶妙な表現で視聴者に伝えることこそが真骨頂なのだ。
例えば、以下のごとくである。
武士はハイコスト。一回雇ったら終身雇用どころか子々孫々までの永代雇用となる。
幕末、松下村塾の塾生たちは塾長である松陰の死の作品化を大いに行い、維新につなげた。
(御三家の一つの)尾張藩は徳川内野党。
何という分かり易さだろう。
そして歴史的事実や事物、そして歴史的人物とその業績や行動をマクロ・ミクロ両方の視点で分析して、その意義や後世への影響について自らの見解を語る時などはよりトークが冴えわたる。
徳川家康は人生訓の見本市のような人。彼を見ていたら人生における逆境をどう乗り越えてゆくべきか大いに学べる。
鑑真の開いた唐招提寺は唐の文化や生活を見せるショールーム、中国へのあこがれを日本人に伝えた。思想面では「自分たちも救われてよい権利」を民に根付かせた。
鹿鳴館は西洋を恐れからあこがれの対象に変えた。
(大阪冬・夏の陣で活躍した)真田信繁(幸村)を見てみれば分かるように、有能な人を不遇に置くと恐ろしい結果が待っているというのが私の歴史観だ。
豊臣秀吉を漢字一文字で表すならば「尽」。自分の権威を日本全国津々浦々まで及ぼし尽くし、贅を尽くし、反抗する者は殺し尽くす。
氏は番組の中では常に笑っているような顔で朗らかな口調だが、時として史実を交えながら語るこれまでの通説とは違った独自の視点や仮説は確かな合理性と説得力に裏打ちされた衝撃性を有しており、年季の入った歴史好きでも自らの歴史観をひっくり返される。
明治の外交はなぜ強力だったか?
それは幕末まで続いていた幕藩体制の下、国内外交で鍛えられていたからだ。
徳川家康は戦乱の予防制度として、世が乱れないための安全装置を幾十も施した。結果それは今日に至るまで長く機能したが、変化を求められる現代においてはそれが足かせとなっているのではないか。
天草四郎は(島原の乱に)勝っている可能性がある。
乱以後もキリシタン禁制は続いたが隠れキリシタンは多く存続し、たとえ発覚しても「宗門心得違い」と判断されて役人に見て見ぬふりをされるなど、乱以前のような大規模な弾圧はなくなった。
また百姓一揆が起こっても火縄銃をいきなり水平射撃しないなどの自主規制がなされるようになった。
つまり、キリシタン及び百姓・幕府及び大名双方にやりすぎて相手を怒らせたら大変なことになるという暗黙の了解ができ、目に見えない平和憲法が形成された。
特に天草四郎について、これまで島原の乱といえば幕府軍による一方的な殺戮戦となり、一揆の完全鎮圧で終わったという見解しかなかった私は、氏の仮説を聞いて電撃に撃たれたような感覚がした
新しい視点から質感を有した面で歴史をとらえ、それを的確に伝えることができる磯田氏の見解の突出ぶりを感じたのだ。
歴史はデータの羅列ではない。
西暦何年にどの戦いが起こったか、誰が何を行ったかなどを断片的に知識で知っているだけなのは点でしかない。
それを過去何千年前から現代までをほぼ暗記したとしても、それは線でしかないのだ。
歴史的事件の発生の前にはそれに至る政治的、文化的又は環境的な時代背景や前史があり、
同様にその事件による後の世への影響もあり、それにより新しい社会ができ、
また新たな事件発生のきっかけともなり、その繰り返しによって現代の社会が形成されている。
それを理解してこそ、初めて歴史を面でとらえることができる。
それこそが歴史研究なのだ。
各時代の出来事や事象は有機的に現代へとつながり、今日がある。
島原の乱も、関ケ原の戦いも、応仁の乱も、鎌倉幕府成立も、平安京遷都も、大化の改新も、どれが欠けても今日の日本社会はない。
歴史を研究するということはなぜ今日があるのかを解き明かすことである。
同時に、未来を探求する学問でもある。
先人たちはぎりぎりの選択を行い、ある者は勝利して栄え、ある者は敗れて消え去った。
その原因と背景、その後時代へ与えたプラスマイナスの効果を探れば、将来へ向けてどの方向へ舵を切るべきか極限の選択を迫られた時のケーススタディとすることもできるのだ。
その歴史学の面白さを、氏が司会を務める『英雄たちの選択』は存分に視聴者に伝えていると思う。
同番組では歴史的事件やその当事者たちが決断を下すに及んだ背景や心理状態を、氏をはじめとした歴史学の専門家以外にも、脳科学、政治学、哲学、経済学、交渉術のエキスパートたちがそれぞれの分野の専門的見地から分析して多角的な意見を述べている。
そしてそれらの意見をまとめて、あまり一般的ではない歴史的事実やユーモアを交え、かつ将来我々が取るべき進路をも見据えた磯田氏の解説や意見はやはり確かな説得力を有した斬新性が際立っており、教科書や大河ドラマでは決して味わえない歴史学の醍醐味が実感できるだろう。
この番組での氏の主張には歴史マニア歴三十数年の私も脱帽し、改めて歴史研究の楽しさに気づかされた。
歴史をあまり知らない方にも歴史をある程度好きな方にも、私は自信を持って教養番組『英雄たちの選択』と、司会を務める磯田道史という傑出した歴史家の著作をお勧めしたい。
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