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死刑確定囚・野比のび太 – 第六話・墜ちた男の物語:成功から失落への旅


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墜ちた男

鳴り続けたインターフォンは止んだ。

あきらめて帰ったらしい。

「まったく、うるせえ奴らだ…」

剛田武はスマートフォンを握りしめ、荒れ果てた1Kのマンションの片隅で、体を崩すように座っていた。

かつてはジム通いを欠かさず鍛え上げられていたその体は、今や贅肉に覆われ、重たく沈んだ。

部屋中には空の酒瓶が無造作に転がり、食べかけのスナック菓子の袋が散乱し、床には何度も脱ぎ捨てたままの衣服が溜まり、埃が家具に層を成している。

ほんの数年前までこの部屋に似つかわしくない「成功者」としてのオーラを纏っていた男の面影は今やほとんど残されていない。

目の前のスマートフォンには、かつての幸福な記憶が映し出されている。

芝浦のタワーマンション『ザ芝浦東京マリンスカイ』、最上階にある豪華な共用パーティールーム。

武がまだ成功した剛田商店の若きCEOとして、家族や友人、社員たちに囲まれて頂点の生活を謳歌していた頃の光景だ。

画面には静香が微笑みながら、よちよち歩きの次男・優士の手を引いている姿が映っている。

清楚なワンピース姿の静香が夫としての武を誇らしげに見つめていたのが、当時の彼にとって何よりの幸せだった。

長女の葉音は参加者が連れてきた子供たちと笑い合いながら走り回り、大人たちはその様子を眺めながら、リラックスした雰囲気の中で家族と共に新年会を楽しんでいた。

その光景の中、酔いが回った武がカラオケのマイクを握りしめ、大声で宣言する場面が現れる。

「おい!俺の十八番、聞きたいだろ!」

「社長、それだけは勘弁してください!」

「ジャイアン!その歌聞くと子供が泣くんだ、我慢してくれよ!」

スネ夫や出木杉、社員たちから次々と飛び交うブーイング。

それでも、武は意に介さずカラオケ機械に向かって曲を選び始める。

レミオロメンの『粉雪』のイントロが流れると、葉音が「うぎゃー!始まった!」と叫び、耳を塞ぐ。

静香は笑いながら優士の耳を覆い、場内には爆笑が広がる。

それでも歌い続ける武を見て、誰もが和やかな笑顔を浮かべていた。

その動画を見つめる今の武は、一瞬、かすかに微笑む。

だがその微笑みもすぐに消え、目元に深い陰りが戻る。

画面の中の自分の楽しげな姿と、今の自分のあまりに異なる姿に、彼の心は締め付けられるようだったからだ。

酒瓶に手を伸ばし、武は一気に中身を飲み干す。

アルコールが喉を焼く感覚に目を閉じるが、それで気分が晴れるわけでもなかった。

むしろ、苦味だけが増していくように思える。

「…こんな幸福が、いつまでも続くと思ってたんだよな。」

呟く声はかすれ、部屋の中に虚しく響く。

かつては多くの人に囲まれ、家族と笑い合い、何もかもが自分の手の中にあるように感じていた。その全てが、ある日突然崩れ去った。

あの新年会のあった年、また幸福な一年が始まったと信じて疑わなかった年、静香と葉音、優士の命が奪われたあの日から彼の生活は一変した。

仕事どころか生きる気力さえ失った武は会社を売却。

家族との思い出が残る『ザ芝浦東京マリンスカイ4003号室』も売り払い、今は企業の経営者の時に区分所有者として都内各地に購入していいたタワマンの部屋の賃料収入だけで荒れた生活をしている。

家族も、仲間たちも、タワーマンションでの華やかな生活も全て失った。

それでもなお、この動画を見る時だけは、ほんの少しだけあの頃の感覚を取り戻すことができる。

「戻れるもんなら戻りたいよな…」武は自嘲気味に笑いながらスマートフォンの画面を消した。

荒れた部屋の中、薄暗い蛍光灯の下で、彼の影は深く沈んでいた。

続く

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