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誘いと新たな感情
剛田武はスマートフォンの画面を見つめ、手を止めていた。
そこに映るのは、先日交換した幼馴染の源静香のLINEの名前。
普段なら、女性を食事や飲みに誘うのに躊躇することはない。
銀座や六本木の高級クラブでさえ慣れた様子で通い詰め、誰とでも自然に打ち解ける武が、静香相手だとなぜか勝手が違った。
「ただの幼馴染なんだから、深く考える必要はないだろう」
そう自分に言い聞かせながら、メッセージを打つ。
「今週末の夜8時くらいに飲みに行かないか?練馬駅近くにいい店があるんだ。」
送信ボタンを押すまでの数秒が、やけに長く感じられた。
こんな感覚は、いつ以来だろう。
思春期の時の恋愛初期のような、妙にぎこちない気分。
武は、まさか28歳になるまで様々な女性と交際を重ねてきた自分が、こんな緊張を再び味わうとは思わなかった。
しばらくして、スマホが振動する。
「うん、いいよ」
短い返事が来た瞬間、胸の内に小さな安堵が広がった。
その夜、武は静香を誘った居酒屋で待っていた。
練馬駅近くの少し古びた木造の店。
普段ならもっと洒落た店を選ぶのだが、静香にはこういう場所が合う気がしたのだ。
静香が店に入ってきた瞬間、武は一瞬言葉を失った。
柔らかいベージュのニットに控えめなスカート。
華やかさを抑えた服装なのに、彼女はどこか洗練された美しさを漂わせていた。
「待たせちゃった?」
静香が少し恥ずかしそうに笑う。
「いや、ちょうど着いたとこ」
武は少し動揺を隠しながら答えた。
静香相手だと、普段の軽快な態度が少しぎこちなくなる。
二人はカウンター席に並んで座り、まずはビールで乾杯する。
「何年ぶりだろうな、こうやって飲むの」
武がジョッキを持ち上げながら言うと、静香も小さく笑った。
「こういう店、意外と落ち着くね」
静香が周りを見回しながら言う。
最初は、近況を語る無難な会話から始まった。
しかし、静香の実家に戻った理由をそれとなく尋ねても、静香は「まあ、色々あってね」と曖昧に流すばかりだった。
武も、それ以上踏み込むことはできない。
普段の武なら女性に強引に迫ることもできたはずなのに、静香相手だとどうしても慎重になってしまう。
だが、ジョッキが空になる頃には、二人の間のぎこちなさも少しずつ溶け始めていた。
「静香ちゃん、テニス部だったよな。覚えてるよ」
武が、ふと思い出したように言う。
「よく覚えてるね。武君は……野球部だったよね?」
静香が答える。
「ああ、真っ黒に日焼けしてた頃だよ」
武が照れ笑いを浮かべた。
静香がクスリと笑う。
「そういえば、今池さんと仲良かったよね?」
「いや、それは……」
武がビールを飲みながら答えを濁すと、静香はさらに突っ込んだ。
「付き合ってたんでしょ?女の子は、みんな知ってたよ」
「ええと、あれは……まあ、そんな感じ……」
武は顔を赤くしながら言った。
静香が、からかうように肩をすくめる。
「ふふ、そうなんだ。」
「そっちは、どうだったんだよ?誰かいなかったのか?」
武が逆に尋ねる。
「三年のときに、諏訪くんとちょっとだけね。キスまでしかしてないけど」
静香がさらりと言うと、武は思わずジョッキを置いた。
「え、諏訪って、バトミントン部のミツ夫のこと?あのネクラそうな奴と?!嘘だろ?」
静香が笑いながら頷く。
「本当だよ。でも、それもすぐ終わっちゃったけどね」
話は中学を卒業した後のお互いの高校時代、そして静香のアメリカ留学へと移っていった。
酒が進むにつれ、二人の距離は自然と縮まっていく。
「アメリカでは、どうだったんだ?楽しかっただろ?」
武が尋ねると、静香は少し間を置いて答えた。
「楽しかったよ。仕事も充実してたし……それに彼もいたし」
静香がぽつりと言う。
「彼?」
武は興味を引かれる。
「ニックっていう人。白人で、家柄が良くてクールで、すごく優しい人だった。でも……」
静香の声が少し震え始めた。
「でも?」
「結婚、反対されたの。彼の両親に……。有色人種との結婚なんてありえないって」
静香は視線を下に落とした。
「それで?」
武が慎重に尋ねる。
「結局、彼も親の言うことを聞いて……別れることになったの」
静香の目に涙が浮かんだ。
武は何も言えなかった。
ただ静香の話を聞くしかできなかった。
「ごめん、こんな話して。誰かに話したかったんだと思う」
静香が涙を拭いながら微笑む。
その笑顔が、武の心に深く刺さった。
彼女の強さと傷つきやすさが混ざり合ったその姿に、胸が熱くなる。
その夜、二人は時間を忘れるほど話し続けた。
静香の涙と笑顔が交差する中、武は自分の中に芽生えた新たな感情に気づき始める。
それは、ただの幼馴染への懐かしさではなく、もっと複雑で深い何かだった。
続く
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第一話・老いた父と東京拘置所への道
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第二話・成熟を拒んだ男: のび太の葛藤
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第三話・閉じ込められた夢と現実
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第四話・消えた奇跡といじめの葛藤
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第五話・東京の夜に潜む悲劇: 剛田武
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第六話・墜ちた男の物語:成功から失落への旅
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第七話・自信満々の人生と転機
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第八話・地域特産品を世界へ:剛田商店の挑戦
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第九話・中学校生活の悲惨な真実
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第十話・中学校での不登校の理由、拒絶と崩壊
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第十一話・剛田商店の成功と静香の帰国
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第十二話・のび太と静香:過去を巡る再会
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第十三話・幼馴染、静香との運命的な再会
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第十四話・幼馴染との再会が生む新たな感情
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第十五話・武の運命のプロポーズ
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第十六話・剛田商店の成長と静香の貢献
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第十七話・ドラえもんと30歳ののび太の葛藤
- 死刑確定囚・野比のび太 – 第十八話・引きこもりの息子と家族のジレンマ
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