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大学時代のバイト仲間であった土屋恵一は、全くモテない田吾作顔のくせにイケメンぶるナルシスト。
カノジョがどうしても欲しいと焦る彼は、しょちゅうコンパに顔を出していたがうまくいかなかったらしく、自分で声をかけて合コンを開催するようになる。
そして、その合コンにはいつも私を誘ってくれていた。
だがその合コン、土屋が呼んだ私以外の男性参加者が明らかにキワモノぞろいであり、自分よりはるかに低いメンツを厳選していたのは見え見えである。
そして、ウケを狙うためか、そのキワモノを拙いトークと暑苦しいテンションでいじっては相手を怒らせ、その場をシラケさせたりしていた。
やがて、回を重ねるうちに、この私自身もキワモノの一人とみなされている可能性が高いことが分かってきた。
そんな第四回目の土屋恵一主催の合コンでの出来事、私は彼に関してふと気づいたことを口にした結果、彼を大激怒させてしまうことになる。
その一言は、その後二度とコンパに呼ばれなくなった結果から考えて、決して触れてはならない「本当のこと」だったようだ。
ズレまくりトーク全開
その最後となった合コンは、いつもどおりチェーン店の居酒屋で開かれた。
参加者は男三人に対して女も三人。
女性陣は左目の下に大きめの泣きボクロがある女、茶髪でボブカットの大福顔、ポニーテルのメガネっ娘であり、全員初顔。
土屋の大学のサークルのメンバーの紹介だったと記憶している。
まあ強いて言うなら可もなく不可もなく、ぶっちゃけあんまりパッとしない子たちである。
一方の男側は土屋と私以外に今回も強烈なのが連れてこられていた。
ぼさぼさ頭で小汚い格好の、明らかに何日も風呂に入っていなさそうな浮浪者級の悪臭を放つ無精男だ。
どうやって知り合ったかも知らんし、いつもながら、自分を映えさせるためとはいえやりすぎだろう。
私はこいつの隣には座りたくなかったのだが、土屋は「お前こっちね」と、さりげなく自分とそいつの間に私を座らせたために、私は至近距離で悪臭に鼻を刺激され続けることになった。
無精男は本物のホームレスなんじゃないか?と思わせるほどのレベルの男で、
あっという間に居酒屋のお通しを平らげると、私が手を付けようとしないお通しを「もらっていい?」と聞いてくる始末。
声を聴いたのはその時が最初で最後で、口臭もそれなりのものだった。
そして、次々運ばれてくるビールやら食べ物やらを、無言ですする様は昆虫のようであった。
いつもながら対面の女の子たちは楽しくなさそうで、時々漂ってくる無精男の悪臭に顔をしかめたりしている。
土屋も例のごとく、容赦ない男性陣の出席者いじりを始めたのだが、なぜかそのターゲットは無精男に比べて明らかに突っこみようがないはずの私だった。
その内容も「こいつ毎日三回オ〇ニーすんだぜ」とか「俺の知っている中で唯一、人糞の味を知る男」などと根も葉もないことで、
女性相手に、しかも飲食店ではふさわしくないことこの上ない。
土屋は口下手な上に空気が読めず、TPOを一切わきまえない奴なのだ。
「そんなわけねえだろ!」
「ホントのことじゃねえか」
「違えよ!」
確かに一日に三回もしたことがないわけではないが毎日ではないし、ウ〇コ食ったのは土屋の明らかな創作だ。
それなのに、女三人のうちの真ん中の泣きボクロなどは自分の顔を棚に上げて、性犯罪者を見るような目で私を見始めた。
反面、土屋の対面のボブカット大福は「ウ〇コってどんな味するんですか?」などと、なぜか興味しんしんだったが。
土屋は他人をいじる一方で、自分の美点を喧伝することも忘れない。
奴が自慢げに、これまでのコンパでよく語っていたのは、自分は体脂肪率が少なくて筋肉質な体つきをしていること。
これに関し、キモキャラ扱いされて不機嫌なまま酒を飲み続けていた私は、いつも思っていることがあった。
それは「筋肉質じゃなくて、単に貧弱なだけなんじゃないのか?」ということだ。
奴がいつも言っているような“ホントのこと”だったが、私はもともとずけずけ本当のことでも言わない方だし、貧弱な体格については私も似たようなものだったので、それについて指摘したことはない。
しかし、そんな自慢をしても、いつもはスルーされて盛り上がらない土屋主催の合コンだったが、この時の女の子たちは違った。
「へー、どんな感じなの?」「見たい見たい」と一転して食いついてきたのだ。
すると奴はすかさず「しょーがねえな」とか言つつ、待ってましたとばかりに、上半身を脱ぎ始めた。
勢いあまって、下半身も脱ぎかねない勢いでTシャツも脱いだ。
やがて彼が筋肉質だと思い込んでいる、薄い胸板に脂肪も薄いが筋肉も薄いうっすらと六つに分かれただけの腹筋と肋骨が目立つ、痛々しいまでの貧弱な肉体が現れ、奴は自分の体をうつむいて確認した後、「どう?」とばかりにさりげないポーズを決めた。
だが、土屋はこの時まで思わなかったようだ。
この日参加した女の子たちがいつもと違っていた点は食いつきがいい以外にもあったことを。
彼同様、言わなくてもいい「本当のこと」をズケズケと言う女たちだったのだ。
正直な女たち
「細っ!!」
「ショボ!!」
「弱そう!!」
自称「引き締まった筋肉質の体」を目の当たりにした女たちの感想は、容赦なかった。
自信満々で披露した土屋の表情がこわばる。
だが、彼女たちの口撃はまだまだ続く。
ポニーテールメガネは「なんかソマリア難民かアウシュビッツの囚人みたい」などと笑い、
ボブカット大福などは「私なら勝てる」と挑戦的である。
三人とも酒を飲んでおり、その勢いもあって言いたい放題だ。
土屋はプライドを木っ端みじんにされたらしく、ややムッとした表情を浮かべたが、
「アツ子、柔道初段だもんねー」という泣きボクロの一言で顔をひきつらせる。
どうりでアツ子ことボブカット大福は、体の横幅がやたら広いわけだ。
こいつだけは怒らせてはダメだ。私も気を付けよう。
「こいつは、もっと貧弱なんだぜー」
と、土屋は私を指さして嘲笑の矛先を自分からそらせようと苦しい試みをしたが、
「ハイハイ分かったから、早く服着て」と、軽くあしらわれていた。
ホント、どこまでもみっともない奴だ。
その後、強引に何ごともなかったかのように話題を変えた土屋と酔いが回り始めた女の子たちとの間で徐々に会話が盛り上がり始めたが、さっきのこともあって主導権を女側に握られたらしい。
土屋の狙いとは違う形で盛り上がり始めた。
それは
「土屋くんってピアス似合わないね」
とか、
「今日の土屋くんの服って何のコスプレ?演歌歌手みたい」
とか、
「ねえ、もしかして自分のことカッコいいと思ってる?」
とかの嫌らしい指摘であり、大笑いしているのは女たちばかりで、土屋は笑みを引きつらせて、だんだん口数が減り始めている。
そろいもそろって口が悪い上に、結構弁が立つ女の子たちだったから、余計なことを言うとこちらもコテンパンにされそうなので私は黙って聞いていたのだが、ええかっこしいの土屋が追い込まれつつある姿は面白い。
一方の無精男はさっきから一言も発っすることなく、時々漂ってくる悪臭だけで存在を主張、また何か注文するらしく、メニューを見ている。
やがて、話題は今付き合っている相手がいるのかいないか、という合コンの核心部分に入ってきた。
そこでわかったのは、泣きボクロとポニーテールメガネはいないようだが、意外なことにボブカット大福アツ子は、現在付き合っている彼氏がいるらしい。
私にも話が振られたので「いるように見えんだろう」と答えといた。
私はええかっこしいではないからな。
だが、「こいつ、いたことねーんだよ」という土屋による横からのツッコミにはカチンと来た。
言わなくていい「ホントのこと」ばっか言うんじゃない。お前だってだろ!
何度も言うが、私は物事をずけずけ言う方ではないから、そういう奴は許しがたいと思っている。
言い訳しても仕方ないが、この時自分のことを棚に上げて言いたい放題の土屋に頭に来ていた上に、酒が入っていた。
土屋を完全に怒らせ、以降連絡を絶たれることになる一言を吐くことになるのは、ほどなくしてこの後である。
ナルシスト殺しのヒトコト
「俺もカノジョ欲しーなー」
ボブカット大福アツ子に彼氏がいるという話を聞くと、土屋は誰にとはなしにそう言い始めた。
奴のこの「俺もカノジョ欲しーなー」という何気なさを装った一言なんだが、これまでの合コンやそれ以外の女子同席の飲み会ではいつも聞いている。
それも何度も言っているし、今回の合コンでもこれが一回目ではない。
「土屋くん、カノジョいないんだ」
「今はいない」
「今はいない」が、「ずっといない」者の常套句なのは、世の定説だ。
事実、奴とつるむようになって一年近くになっていたが、その間にカノジョがいたように見えたことはない。
「へー、いつからいないの?」
「え、えーと二か月。あ、いや三か月くらいかな」
それを聞いた直後だった。
別に悪気はなかったと今から言ってもしょうがないが、それらの会話を聞いていて何気なく思ったことを口に出してしまったのだ。
「お前、三か月前も同じこと言ってたぞ」
「いやっ!違っ!!だからその…」と、土屋は事実なので狼狽し始めたのがわかったが、一度口に出したらこちらも止まらない。
「それと前から“俺もカノジョほしーなー”ってよく言ってるけどさ、そんなこと言ったら誰かがカノジョになってくれると期待してねえか?」
続けて言ってしまったこの言葉は、奴にとって決定的だったらしい。
「そんな意味で言ってたんじゃねえ!!!」
奴は他の客が談笑をやめてこちらを振り返り、店内が静かになるくらいの大声を出した。
女たちはびっくりしたような顔をして、無精男もポカンとこちらを見る。
「他のお客さんに迷惑です」と店員も割って入ってきた。
だが、「みっともないよ。土屋くん」と柔道初段のアツ子に低い声ですごまれると、貧弱な土屋は一転して小さい声を震わせながら「だから、そう意味で言ってたわけじゃなくてさー」などと言い訳をし始めた。
さっきの怒り方から判断して「本当のこと」だったらしい。
それも、絶対触れてはならない。
その後気を取り直してまた飲み始めた我々だったが、大声を出されて場がシラケたと女の子たちからは非難ごうごうだった。
「図星だからって、あんな大声出すことないじゃん」
「いや、図星って…、違うよ」
「私も同じこと思ってた。だいだい“カノジョ欲しーなー”って、何か下心ミエミエだし」
土屋は「いやいや、それはこいつがさ」とかまた私をダシにして言い訳を試みたりしていたが、完全に悪者にされてばつが悪いことこの上なさそうだったのは言うまでもない。
奴にとってはさんざんになってしまった今回の合コンだが、お開きになって会計になった時にもまたモメた。
土屋はいつもどおり全員割り勘にしようとしたら、ポニーテールメガネと泣きボクロが「女から金とるの!?」と不当なクレームをつけてきたのだ。
押し問答の末に「そんなに大金持ってきてない」と土屋が泣きを入れた結果、
女が2000円づつ、男は4000円づつ払うことで妥協した。
支払い能力が最も問題視された無精男の方は意外と金を持っており、4000円を何も言わずポンと出したが。
「クソ女ども!二度とツラ見たくねえ!」
女たちと無精男が相次いで去ると、土屋は呪いの言葉を吐き続け、その矛先は私にも向いて再び怒鳴った。
「何なんだよ、さっきのは!!言っていいことと悪いことがあるだろうが!!」
そんなことをヌカしやがるから、私も奴のいつものセリフを言ってやった。
「ホントのこと言っただけじゃねーか」
その日以降、土屋から合コンに誘われなくなったのは前に述べたとおりである。
バイト先でも口を利かなくなって付き合いが断絶、私がそこを辞めてからは一度も会っていない。
全くどうしようもない奴だった。
付き合いをあれ以上続ける必要もなかったであろう。
ただ、私は奴との一件で思うようになったことがある。
どうもヒトは根も葉もない誹謗中傷より、認めたくない「本当のこと」を言われる方が嫌なのではないか?ということだ。
その「本当のこと」が直さなければならない、又は直すべき間違いであるならば、たとえ怒られたとしても、言うべきかもしれないが、
改善しようがなく、また指摘する必要のない「本当のこと」ならば言ってはならないはずだ。
土屋は、間違いなく言う必要のない「本当のこと」を吐く者だったが、
だからと言って、私も言わなくてもいいことを言うべきではなかった、と反省すべきだったんだろうか?
別に構わんだろう、相手が相手だったし。
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