記事に登場する氏名は、全て仮名です。
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2000年(平成12年)5月22日午前5時ごろ、民家もまばらな新潟県魚沼群六日町の農道を歩いていた近所の住民の女性(72歳)の前に、ただごとでない様子の少年が現れた。
十代後半くらいのその少年は裸足で、全身ずぶ濡れとなってぶるぶる震えており、女性を見つけるなり「警察を呼んでほしい」と懇願するのだ。
そして、その理由は耳を疑うものだった。
何と男二人に灯油をかけられて、火をつけられそうになったから逃げてきたというのである。
しかも、もう一人一緒にいた友達は逃げることができず、焼き殺されたかもしれないと言うではないか。
それが証拠に、ずぶ濡れの彼の体からは、灯油かガソリンのような刺激臭が漂っていた。
その後、女性の家からの通報により、新潟県警六日町署の署員が出動。
少年が火をつけられそうになったという六日町舞台のわらび野トンネルに駆け付けたところ、トンネル内で焼け焦げた焼死体を発見。
それは、焼き殺されたかもしれないと言われていた少年、千村健太(仮名・16歳)の変わり果てた姿だった。
事件の経緯
千村健太(仮名)
事件は前日の5月21日の午後11時ごろ、殺されることになる千村健太と、助かった方の宇田川弘明(仮名・16歳)が、ある人物から「遊びに行こう」と呼び出しを受けたことから始まる。
彼らを呼び出したのは、矢内彰浩(仮名・32歳)という人物。
前月の4月下旬まで、千村と宇田川が働いていたラーメン店の店主であった。
彼ら二人が迎えに来た矢内の車に乗り込んだのは、日が変わった22日午前2時ごろ。
こんな夜中に「遊びに行こう」と誘われて、喜んで行く人間はあまりいない。
しかも、相手は前に働いていた職場の雇い主ではるかに年長、真夜中に呼び出されて遊ぶには、面白くないことこの上ない相手だ。
だが、二人とも断るわけにはいかなかった。
彼らに電話したのは矢内だったが、本当に用があって呼び出したのは、亀井俊彦(仮名・32歳)という男である。
ラーメン店の客として来ていたから顔なじみであったが、亀井がどういう人物であるかを、二人ともよく知っていたのだ。
亀井は暴力団組員であり、なおかつ地元では数々の暴力事件を起こしてきた悪名高き乱暴者。
前の年には、歩行者をひき逃げして逮捕されたが、それは単なるひき逃げ事故ではなかった。
その事故の際に、自分の車にぶつかった歩行者に腹を立てた亀井は、車を繰り返し前進後退させて三回も轢いて、そのまま立ち去ったという正真正銘の犯罪だったのだ。
亀井はその事件で逮捕されて、先月まで刑務所に服役して出てきたばかりであり、そんな危険な男の呼び出しを断ったら、何をされるかわからない。
そもそも、彼らがアルバイトをしていたラーメン店自体、堅気の店ではなかった。
店を直接切り盛りする店長の矢内は堅気だったが、オーナーは片岸祐一(仮名・34歳)という暴力団組員であり、亀井の兄貴分。
おまけに、ラーメン屋で働いていた千村は店員としてだけではなく、ヤクザである片岸の「若い衆見習い」ということにされていたらしい。
それに千村はこの時、自分が呼び出されたのが、なぜなのか気づいていた。
なおかつ、自分がタダでは済まないであろうことも。
彼には身に覚えがあった。
絶対にやってはいけないあることをして、それがバレたのだ。
だからと言って、逃げるわけにはいかない。
そうしたら余計厄介なことになることくらい、ヤクザの「若い衆見習い」にされていた彼なら嫌というほどわかる。
案の定、車内の亀井は、千村が乗り込んだ時から明らかに不機嫌であり、車が発進してほどなくして、いきなり暴力を振るってきた。
「このガキ、ナメたことしやがって!コラあ!!おらあ!!!」
ただでさえ危険な男は、酒をしこたま飲んで来たらしく、余計狂暴になっていた。
「宇田川ぁ、テメーも知ってたんだろ?なぁ!!」
「いえ、あの、その…ぶっ!!」
宇田川も殴られた。
宇田川が呼び出されたのは、ツレの千村がやらかした「やってはいけないこと」を知っていたにもかかわらず、報告しなかったからなのだ。
やらかした本人である千村の次に、罪が重いとみなされていた。
怒りの矛先が向けられたのは、二人の少年だけではない。
「停まんじゃねえよ!!飛ばせボケぇ!」
赤信号で車を停止させた、矢内も殴られた。
彼は普段から、ヤクザの片岸や亀井に奴隷扱いされていたのだ。
やがて、車は事件現場となる六日町の工業団地に到着すると、ほどなくして、一台の白い車がやってきた。
四人は車を降りてその車に近づき、亀井が「これに乗れ」と他の三人に命じた。
「お前ら逃げろ」
ある程度事情を知っていた矢内は、小声で二人の少年に言って自分は逃げたが、二人ともモタモタして逃げられず、白い車に乗せられてしまう。
その車を運転していたのは、加藤夏樹(仮名・28歳)という暴力団員ではないが、亀井の舎弟気取りの男だ。
車内で亀井は千村と宇田川を交互に殴りつつ、加藤の運転する車は、だんだん明るくなってきた午前四時ごろ、わらび野トンネルに到着。
車から降ろされた二人は、トンネルの中で正座させられた。
わらび野トンネル
「テメーら、これからどうなるかわかるか?アン?!」
そう言うと亀井は、加藤の車からポリタンクを取り出すや、正座させられている二人に、その中に入っていた液体をぶっかけた。
手下の加藤に、あらかじめ用意させて車に積んでいた灯油だ。
やがて、ライターを取り出して、それを加藤に渡すと、「夏樹、燃やしちまえ」と命じた。
大物ぶって、自分で手を下す気はないのだ。
加藤は、どちらかというと肝っ玉の座らない根性なしだったが、だからこそ、おっかない亀井には絶対服従な男。
本当にライターを近づけてきた。
脅しじゃない、本気で焼き殺す気だ。
逃げ出そうと立ち上がる二人。
宇田川は、前述のとおり逃げおおせたが、千村は間に合わなかった。
加藤のライターで火をつけられた千村は、火だるまになり、叫び声を上げて走り回ったあげく、トンネル内に倒れ込み絶命した。
事件現場
千村が犯してしまった過ち
事件が発生して翌々日の5月24日午前1時ごろ、実行犯の一人の加藤が六日町署に自首してきた。
加藤は堅気のくせに普段から「亀井さんのためなら何でもやります」などと公言してヤクザ気取りだったが、本性は気弱。
人を焼き殺してしまった事実を、受け入れることができなかったのだ。
そして、事実上の主犯である亀井は犯行後に逃走していたが、翌月6月9日に出頭して逮捕された。
だが、彼らは実行犯にすぎない。
亀井は顔見知りとはいえ直接の恨みはないし、加藤に至っては初対面。
実は亀井たちの背後には、犯行を指示した本物の主犯がいた。
その人物とは亀井の兄貴分であり、千村たちが働いていたラーメン店のオーナーである片岸祐一である。
彼こそが、千村の犯した行為に激怒していたのだ。
事件発覚当時から、犯行を指示したのは片岸ではないかと事情を知る関係者の間ではささやかれていた。
捜査を担当する六日町署もそれを知って、片岸の行方を追い始める。
片岸は、亀井同様事件後に行方をくらませていたが、7月7日になって、ようやく殺人容疑で逮捕された。
片岸は逮捕当時容疑を否認していたが、千村に危害を加えるように亀井に命じたことは認めた。
そして、彼が舎弟を使って制裁を加えようとした理由、それは、ある女性をめぐってのものだ。
その女性の名は、大熊径子(仮名)。
片岸がオーナーを務めるラーメン店で、アルバイトをしていた当時19歳の少女である。
彼女は、事件の起こるちょうど一年前の1999年(平成11年)5月ころの高校在学中から働き始めていた。
径子は、地元では有名な企業の社長の娘である。
片岸は、当時所属していた暴力団の組員になる前は、その会社で働いていたことがあるし、ラーメン店の開業に際して保証人になってもらったりしていたために、その社長に恩義を感じていた。
そんな恩人のお嬢さんを預かっていたうえに、その社長夫妻からはヘタな男を近づかせないように、特に依頼をされてもいたらしい。
なにせ、径子は近所でも評判の美少女だったからだ。
片岸は社長夫妻の頼みを律儀に聞き、彼女が自動車学校に通い始めた頃には、送り迎えまでしていた。
だが、その年の11月に千村がアルバイトとして雇われてしばらくしてから、ややこしいことになる。
翌年の3月ころから、径子が千村と交際するようになったのだ。
それも、ぞっこんだったのは径子の方であった。
千村は高校に行っておらず、自身の「若い衆見習い」をさせているから、社長夫妻が言うところの娘に近づかせてはいけない男のカテゴリーに入る。
事実、この交際が4月末に社長夫妻の耳に入るや、夫人は片岸に別れさせるように依頼してきたという。
そして、このティーンエイジャーの交際を、夫人以上に快く思わない者がいた。
当の片岸本人である。
片岸は、径子の父親が経営する会社で働いていたころ、まだ幼児だった径子をかわいがっていたが、彼女が美女に成長した今は魅力的な異性として、熱視線を注ぐようになってしまっていたのだ。
意識するだけでなく行動にも移し、プレゼントを渡して告白めいたことまでしでかした。
片岸は離婚したばかりでもあったから、何としても径子をモノにしようとしていたらしい。
しかし、幼いころはなついていたとはいえ、片岸はヤクザのうえに、19歳の彼女から見たら完全におじさんの34歳。
明らかに10年以上遅い。
身の程知らずにも、ほどがあるだろう。
径子は遠回しな言い方でやんわりと断ったが、こんな勘違い野郎がオーナーの店で、気持ちよく働けるわけがない。
ほどなくして、彼女は年下の彼氏である千村、その友達の宇田川と相前後して、店を辞めてしまった。
社長夫人から依頼を受けてほどない5月2日、片岸はもうすでにラーメン屋を辞めてしまった千村を呼び出して「今回は見逃すが、次はないぞ」という脅し文句とともに、径子との交際を辞めるよう迫った。
夫人に頼まれていることを理由にしていたが、本当は、こんなガキごときに自分が付き合いたい女を取られたことに、腹わたが煮えくり返っていたことを、とりあえずこの場では隠す。
一方の径子に対しても「このまま付き合い続けたら、千村は殺されるぞ」というメールまで送ったりしたため、ただ事ではないと感じた径子も千村も、別れることをこの時は了承する。
だが、そんなことまでしても、燃え上がっている最中の十代のカップルを止めることはできなかったようだ。
二日後には、二人とも連絡を取り合うようになり、千村の身を案じた径子は、一人暮らししている自分のアパートや友達の家に、千村をかくまったりして交際は続く。
しかし、いつまでも隠し通すことはできなかった。
事件発生直前の5月21日、娘がまだ千村と交際を続けていることが、社長夫人にバレてしまう。
夫人は、その日のうちにそのことを電話で片岸に伝え、「まだ付き合ってるみたい」と愚痴った。
5月2日の最後通告は守られなかったのだ。
ヤクザとしてのメンツは完全につぶされたと、片岸は激怒した。
その矛先はもちろん「若い衆見習い」の千村である。
だいたい、こんな奴が自分の狙っていた女と付き合い続けているのは許しがたい。
ナメたガキからは、きっちりケジメを取ってやる。
しかし、だからと言って、自分で手を下す気はない。
社長夫人からの電話の後、片岸は、別の人間に電話をかけた。
それは、彼の舎弟であり暴力装置、この事件の実行犯となる亀井俊彦だ。
亀井は、暴走族だったころから片岸の世話になっており、自分の体に片岸の名前を入れ墨するほど心酔しているくらいだから、命じれば、いくらでも体を張ってくれる都合のよい奴である。
「千村のガキがよ、また社長の娘にちょっかい出してやがった。しめちまえ」
片岸はこの時、そう電話で亀井に指示したと、後に供述している。
「殺せ」ではなく、あくまで「痛めつけるだけでいい」と言ったのだ、ということだ。
だが片岸も亀井もヤクザである。
彼らの世界において、上の者は本当の目的を隠して、具体的に指示することなく、それを匂わせるような言い方で指示することがあるし、下の者は、その意図を正確に察しなければならない場合があるものだ。
長年一緒に過ごしてきた彼らの間に、どんな暗黙の了解や呼吸があったかは立証できないが、亀井の方は、単に殴る蹴る以上のことをする必要があると解釈した可能性があるのは、事前に灯油を準備していたことから見て間違いがない。
おまけに、電話を受けた時は酒をしこたま飲んでおり、この乱暴者は、余計に分別のつかない状態になっていた。
その後、矢内に運転させて千村たちを連れ出し、日が変わった22日の午前3時ごろ、亀井は片岸に連絡を入れている。
その時、片岸はさらに「どういうことになるか、きっちり分からせろ」と命じたという。
そして、その電話からほどない午前4時ごろ、前述のとおり千村は、六日町舞台のわらび野トンネルで焼殺という最悪の殺され方をされてしまうことになったのだ。
不条理な判決
こんな残忍な犯行を犯した連中が、社会に出てきていいはずはない。
死刑か無期懲役、あるいは社会の脅威となる可能性がほぼなくなるほどの高齢になるまで、塀の中に隔離しておくべきである。
しかし、驚くべきことにこの凶悪犯たちは、また何か別の犯罪で捕まっていなければ、現在自由の身になっているのだ。
犯行を指示した片岸だったが、逮捕後から殺人に関して「共謀はしていない」と一貫して無罪を主張し、実行犯である亀井も殺害するように頼まれてはおらず、犯行前に灯油を準備していたのは脅すためだったと供述。
灯油までかけて加藤に「燃やしちまえ」と命じてはいたが、今回も本当は脅すつもりだったと言い張った。
ちなみに亀井は、事件前の過去に相手に灯油をかけて脅す事件を起こしている。
そして下った判決は、片岸が殺人罪で懲役13年。
実行犯の亀井は懲役18年で、加藤は15年と、人を一人焼き殺した代償にしては、軽すぎるものだった。
亀井と加藤の刑は一審で確定したが、片岸は判決を不服として控訴。
その結果、2002年4月24日に東京高裁で開かれた控訴審で「暴力を加えろという指示をしたと言えるが、殺害しても構わないという未必の殺意までは認められない」という判断がなされ、一審における殺人罪での懲役13年というただでさえ軽い判決が破棄されて、傷害致死での懲役8年という判決となってしまった。
「しめろ」「わからせろ」などの電話での指示では、殺意を立証できなかったのだ。
焼き殺すつもりは本当になかったのかもしれないが、結果としてあのような犯罪を犯した割には、あまりにも軽い制裁にしか見えない。
2023年の現在、この鬼畜がごとき犯罪者たちは恐ろしいことに、もうとっくにこの事件での刑期を終えている。
彼らはまだ50代、悪さをしようと思えば、まだできる年齢だろう。
こんな悪さをしでかした奴らが、たとえ自分とは関係のない場所に住んでいたとしても、この社会にいるというだけで、そこはかとない不気味さと釈然としなさを感じざるを得ない。
再び何かの罪で捕まって、現在は長期刑真っただ中か、より願わくば、すでに死んでいて欲しいものだ。
出典―朝日新聞、週刊新潮、週刊朝日
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