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ある一定以上の年齢の日本人ならば、吉永小百合という人物を知らない方は圧倒的に少ないであろう。
2022年3月の現在でもキリンのCMに登場したりしているから、比較的若い世代の方でも、今まで一度はその名前を耳にしたか、テレビ画面でその姿を見たことがあるはずだ。
1945年3月13日生まれの吉永氏は、1957年に小学5年生でデビュー以来、『キューポラのある街』などの名作をはじめ、これまでに100本以上の映画に出演。
歌手としても成功をおさめ、テレビドラマやCMの出演は数知れず、2006年に紫綬褒章を受章し、10年には文化功労者にも選ばれた日本を代表する大女優である。
日本映画の全盛期だった1960年代には、まだ10代だったにも関わらず(10代だったからこそか)、所属する日活の看板女優として日本中、特に男性ファンの目をくぎ付けにしていた。
1963年、そんなまばゆいばかりに輝く銀幕のスターだった吉永氏が、自宅に侵入した熱狂的なファンに襲撃される事件が起きる。
芸能人が狂ったファンに襲われる事件は現代までたびたび発生しているが、この時吉永氏を襲った男は、そんじゃそこらのモンスターファンではなかった。
吉永小百合家への侵入者
事件が発生したのは、1963年8月9日夜9時45分のことである。
当時、吉永小百合氏は人気絶頂の映画女優でありながらもまだ18歳の高校生であり、東京都渋谷区西原某所で家族と同居の身。
その日、彼女は16歳の妹と共に自宅の二階にある自室に向かおうとしていた。
俳優業で多忙でありながら大学進学も希望していた彼女は、目前に控えた大学入学検定試験に備えて勉強をしようとしていたのだ(高校は撮影で休みがちだったため出席日数が足りなかった)。
だが自室のドアを開けた瞬間、あり得ない異常事態に遭遇することになる。
自分以外いてはならないはずの完全なプライベート空間たる部屋の洋服ダンスから、見知らぬ男が現れたのだ。
しかもその両手には、刃物ともう一つ奇妙な物体が握られているではないか!
びっくり仰天した二人は悲鳴を上げて部屋を飛び出し、家族のいる一階に逃げた。
この時、吉永氏は階段から転げ落ちて軽傷を負っている。
一方の侵入者は追いかけてくることもなく、部屋にとどまっているようであった。
吉永氏から事情を聞いた父親は、すぐさま警察に通報。
駆け付けた警官六人は、吉永一家五人を退避させると、男が居座る二階に向かう。
しかし警官たちは、男が片手に刃物を持っていることを聞いており、あらかじめ危険なことは承知していたが、もう片方の手に刃物より危険なものを持っていたことは知らなかったようだ。
二階に踏み込もうと階段を上がっていた時、犯人が現れて階段上で仁王立ちするや、その謎の物体をこちらに向けたかと思うと、耳をつんざく破裂音。
先頭の警官が崩れ落ちた。
男が持っていたのは手製のピストルだったのだ。
籠城戦
撃たれた警官は、あごに弾を食らっており、全治二か月の重傷であった。
かなり危険な暴漢と判断した警官隊は、階下にとどまって応援を要請。
やがて、最寄りの代々木署だけではなく、防弾チョッキやヘルメットで身を固めた機動隊員らも駆けつけ、総勢300人近くが吉永家を包囲した。
周りは一般の住宅が立ち並んでいるため、警官の静止にもかかわらず、物見高い付近の住民たちが出てきて現場は騒然となっていた。
警官隊は、吉永氏の部屋に引きこもった犯人に向かい拡声器で投降を呼びかける一方、決死隊の五人がはしごで二階に上がり、犯人のいる部屋の向かいの日本間に陣取る。
また、階下からもピストルを構えた警官が階段を上がって犯人に迫り、ドアを挟んで対峙した。
「武器を捨てて出てこい!さもないと撃つぞ!」
「そんなおもちゃの銃で何ができるんだ!」
警官隊は犯人に向けて怒鳴ったが、
「試してみっか!?まだ弾は持ってんだぜ!!」
と怒鳴り返され、部屋の中からもう一発、発砲音が響いた。
かなり好戦的な犯人である。
強行突入もやむなしと判断した警官隊は催涙弾の準備が整えたが、にらみ合いが続いて40分ほど経過した午後10時20分ごろ。
部屋のドアのガラス部分が中から突然割られ、ピストルと思しき物体と刃物が投げ出された。
逃げられないと観念したのだろう。
男が投降したのだ。
すかさず警官隊は部屋に突入し、犯人の確保に成功した。
犯人の目的
逮捕されたのは、都内に住む旋盤工の渡辺健次(26歳)。
未成年のころにも強盗未遂事件を起こし、少年鑑別所に送られた経歴を持っていた。
確保された時に手に傷を負っていたが、これは警官隊との押し問答の最中に手製ピストルを暴発させたのと、投降の際にガラスを割った時に負ったものである。
職場の上司の話によると、渡辺は勤務態度が不真面目であり、犯行に使ったピストルや弾丸も仕事中に作ったものらしい。
犯行に使用したものを含めてピストルは5丁も製作、単発式で孔径は7ミリであり、逮捕時にはまだ13発も弾丸を所有していた。
渡辺は当初「有名人の家なら金があるだろうと思って忍び込んだ」と供述していたが、その後、吉永小百合の大ファンであり、最初から吉永氏を目的としていたことが判明する。
それはアパートの部屋の壁に切り抜かれた吉永小百合のグラビアがベタベタ貼られ、それは職場の旋盤にも貼っていたほどだ。
やがて写真やスクリーンだけでは飽き足らなくなり、雑誌で住所を知るや実物に会いに行こうと、何度も自宅周辺に出没していたことが分かる。
ちなみに吉永氏の父親の話によると、このような図々しいファンは珍しくなく、自宅付近を不審者がうろつくのは珍しくなかったようだ。
だが、渡辺がそんじゃそこらの不審者と違ったのは、ピストルまで作って自宅に侵入した以外にも、よりおぞましい目的を持っていたことである。
渡辺は、吉永家侵入時にピストルや刃物以外にも数本束ねた針と墨汁を持参して来ており、その用途たるや、
「小百合ちゃんの手か足に俺の名前を入れ墨しようと思った」だったのだ。
未遂に終わったとはいえ、後に国民的大スターとなる人物に自分の名前をネーミングしようとは、とんでもない野郎である。
国宝の法隆寺や清水寺に落書きをするのに等しい犯罪行為といっても過言ではない。
もし本当に実行されてしまったならば、吉永氏は女優として再起不能となっていたことであろう。
ばかりか、自分を襲った男の名前を否応なく目にし続けて、歯ぎしりしながら一生を送ることになったはずだ。
危うく難を逃れた吉永氏だったが、この一件で重大な精神的ショックを受けてしばらく立ち直ることができず、受ける予定だった大学入学検定試験も欠席。
高校も留年する羽目になってしまった。
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