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複数の宛先に ping を打つことができる「fping」


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Windows には「Exping」という便利なツールがあるのですが、ExpingはLinuxでは使えません。でも、Linuxには「fping」があります。今回は、「fping」の使い方をまとめてみました。

fping のインストール

「apt install」でインストールできます。

$ sudo apt update
$ sudo apt install fping

ping の使い方

基本的な使い方は、1つの宛先に対して ICMP Echo Request を送ります。通常の ping と同じです。

ICMP Echo Reply が返ってこれば「xxxx is alive」、返ってこなければ「xxx is unreachable」と表示されます。

KKIntt@jackson:~$ fping 172.16.26.1
172.16.26.1 is alive
KKInt@jackson:~$ fping 172.16.26.5
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.5
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.5
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.5
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.5
172.16.26.5 is unreachable

もちろん、IPアドレスだけでなく、ホスト名を指定することもできます。

KKInt@jackson:~$ fping www.yahoo.co.jp
www.yahoo.co.jp is alive

宛先の複数指定

単純に、ICMP Echo Request を送信したい宛先を並べて指定します。

KKInt@jackson:~$ fping 172.16.26.1 172.16.26.2 172.16.26.4
172.16.26.1 is alive
172.16.26.2 is alive
172.16.26.4 is alive

範囲を指定しての宛先指定

-g オプションを使うことで、指定した範囲の IPアドレスに対して ICMP Echo Request を送信することが出来ます。

以下の例では、172.16.26.1から172.16.26.5までを範囲として指定しています。そのうち、4オクテッド目が3と5のIPアドレスからはICMP Echo Reply が返ってていません。

KKInt@jackson:~$ fping -g 172.16.26.1 172.16.26.5
172.16.26.1 is alive
172.16.26.2 is alive
172.16.26.4 is alive
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.3
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.3
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.3
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.3
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.5
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.5
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.5
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.5
172.16.26.3 is unreachable
172.16.26.5 is unreachable

サブネットマスクを指定しての宛先指定

-g オプションを使用すると、サブネットマスク単位で ICMP Echo Request を送信する範囲を指定することも出来ます。

「172.16.26.0/29」を指定する場合は、以下のように指定します。

最初の 172.16.26.0 はネットワークアドレス、最後の172.16.26.7 はブロードキャストアドレスになるため、「172.16.26.0/29」の場合、172.16.26.1 – 172.16.26.6 がPing の対象となります。

KKInt@jackson:~$ fping -g 172.16.26.0/29
172.16.26.1 is alive
172.16.26.2 is alive
172.16.26.4 is alive
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.6
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.6
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.6
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.6
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.5
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.5
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.5
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.5
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.3
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.3
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.3
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.3
172.16.26.3 is unreachable
172.16.26.5 is unreachable
172.16.26.6 is unreachable
kanta@jackson:~$ 

ファイルから読み込んで範囲指定

-f オプションを使用すると、ファイル読み込んでfpingを実行することが出来ます。

まず、ping-list というファイルを作成し、 以下のように宛先IPアドレスを記述しました。

KKInt@jackson:~$ cat ping-list 
172.16.26.1
172.16.26.2
172.16.26.4
172.16.26.7
172.16.26.8

-f オプションで対象のファイルを読み込んで fping を実行することで、ファイルに記載されている宛先 IPアドレスに対して ICMP Echo Request を送信することが出来ます。

KKInt@jackson:~$ fping -f ping-list
172.16.26.1 is alive
172.16.26.2 is alive
172.16.26.4 is alive
172.16.26.7 is alive
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.8
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.8
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.8
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.8
172.16.26.8 is unreachable

結局はLinux上での操作ですので、ファイルの読み込ませ方は、いろいろできます。

「<」でファイルを fping に渡せますし、

$ fping < ping_list.txt 

cat で表示させたファイルの内容を fping に渡すことも可能です。

$ cat ping_list.txt | fping

送信回数指定

-c オプションを使用すると、ICMP Echo Request を送信する回数を指定することが出来ます。

3回送信したい場合は、以下のように実行します。

KKInt@jackson:~$ fping -c3 172.16.26.1
172.16.26.1 : [0], 64 bytes, 0.203 ms (0.203 avg, 0% loss)
172.16.26.1 : [1], 64 bytes, 0.234 ms (0.218 avg, 0% loss)
172.16.26.1 : [2], 64 bytes, 0.150 ms (0.195 avg, 0% loss)

172.16.26.1 : xmt/rcv/%loss = 3/3/0%, min/avg/max = 0.150/0.195/0.234

送信し続ける

ICMP Echo Request を送信し続けたい場合は -l オプションを使用します。

「Ctrl + C」で、Echo Request の送信を停止することができます。

KKInt@jackson:~$ fping -l 172.16.26.1
172.16.26.1 : [0], 64 bytes, 0.226 ms (0.226 avg, 0% loss)
172.16.26.1 : [1], 64 bytes, 0.132 ms (0.179 avg, 0% loss)
172.16.26.1 : [2], 64 bytes, 0.125 ms (0.161 avg, 0% loss)
172.16.26.1 : [3], 64 bytes, 0.195 ms (0.169 avg, 0% loss)
172.16.26.1 : [4], 64 bytes, 0.205 ms (0.176 avg, 0% loss)
172.16.26.1 : [5], 64 bytes, 0.223 ms (0.184 avg, 0% loss)
^C <<< Ctl + c で終了
172.16.26.1 : xmt/rcv/%loss = 6/6/0%, min/avg/max = 0.125/0.184/0.226

送信間隔(ミリ秒)

-i オプションを使用すると、ICMP Echo Request を送信する間隔を指定することが出来ます。

指定する時間の単位はミリ秒なので、3秒間隔ならば「3000」と指定します。

KKInt@jackson:~$ fping -c3 -i 3000 172.16.26.1
172.16.26.1 : [0], 64 bytes, 0.185 ms (0.185 avg, 0% loss)
172.16.26.1 : [1], 64 bytes, 0.138 ms (0.162 avg, 0% loss)
172.16.26.1 : [2], 64 bytes, 0.186 ms (0.170 avg, 0% loss)

172.16.26.1 : xmt/rcv/%loss = 3/3/0%, min/avg/max = 0.138/0.170/0.186

ICMP Host Unreachableを表示させたくない

ICMP Echo Request が失敗した際に表示される「ICMP Host Unreachable 〜」というメッセージを表示させたくない場合の方法です。

「ICMP Host Unreachable 〜」は標準エラー出力なので、「2>」を指定してエラー出力を /dev/null に送ることで、メッセージの表示を抑えることができます。

KKInt@jackson:~$ fping -f ping-list 2> /dev/null 
172.16.26.1 is alive
172.16.26.2 is alive
172.16.26.4 is alive
172.16.26.7 is alive
172.16.26.8 is unreachable

alive なホストのみ表示

-a オプションを使用すると、ICMP Echo Replyを返す(Alive)ホストのみを表示することができます。

以下の例では「ICMP Host Unreachable 〜」のメッセージを/dev/null に送って表示させないようにしています。

KKInt@jackson:~$ fping -a  -f ping-list 2> /dev/null 
172.16.26.1
172.16.26.2
172.16.26.4
172.16.26.7

-a オプションを使わなくても、以下のように grep で抽出することもできます。

KKInt@jackson:~$ fping -f ping-list 2> /dev/null | grep alive
172.16.26.1 is alive
172.16.26.2 is alive
172.16.26.4 is alive
172.16.26.7 is alive

unreachable だけ表示

-u オプションを使用すると、ICMP Echo Reply を返さないホスト(unreachable)のみを表示することができます。

KKInt@jackson:~$ fping -u -f ping-list 2> /dev/null 
172.16.26.8

unreachable のメッセージも合わせて表示させたい場合は、fping の結果を grepに渡すことで unreachable のみ表示させることもできますね。

KKInt@jackson:~$ fping -f ping-list 2> /dev/null | grep unreachable
172.16.26.8 is unreachable

統計情報表示

-s オプションを使用すると、実行結果の統計情報を表示します。

KKInt@jackson:~$ fping -f ping-list -s
172.16.26.1 is alive
172.16.26.2 is alive
172.16.26.4 is alive
172.16.26.7 is alive
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.8
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.8
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.8
ICMP Host Unreachable from 172.16.26.11 for ICMP Echo sent to 172.16.26.8
172.16.26.8 is unreachable

       5 targets
       4 alive
       1 unreachable
       0 unknown addresses

       4 timeouts (waiting for response)
       8 ICMP Echos sent
       4 ICMP Echo Replies received
       4 other ICMP received

 0.207 ms (min round trip time)
 0.229 ms (avg round trip time)
 0.249 ms (max round trip time)
        4.107 sec (elapsed real time)

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ネイティブの英語 7 “A cup of joe”


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意味:

「A cup of joe」で「コーヒー」の意味です。

「Cup of Joe」というフレーズは、アメリカ英語で「コーヒー」を指す俗語として知られています。この表現の起源にはいくつかの説がありますが、確かな結論はないみたいです。

こう呼ばれるようになった説は、以下の3つがあります。それらの説明がこちらに記載されていますので、もし興味があったら読んでみてください。

  • ジェセフス・ダニエルズ提督の説
  • 「ジョー(Joe )」が「一般の人」を指す説
  • 略語説(Java & Mochaの融合)

例文:

I’m feeling sleepy—time for another cup of Joe.

眠くなってきたな、もう一杯コーヒーの時間だ。

I can’t start my day without a cup of Joe.

コーヒーなしでは一日を始められないよ。

Mind if I join you for a cup of Joe?

一緒にコーヒー飲んでもいいかな?

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死刑確定囚・野比のび太 – 第二十三話・昇華するのび太の鬱屈


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殺意に昇華するのび太の鬱屈

のび太は部屋の薄暗い天井を見上げながら、昨日の出来事を反芻していた。

武に怒鳴られたあの瞬間が、脳裏で何度もフラッシュバックする。

「なんで僕だけがこんな目に遭うんだ……。」

自分が悪いなんて微塵も思わない。

それどころか、叱責されたこと自体が不条理であり、すべて他人のせいだという結論に至るまでの理屈を、彼の頭は休むことなく構築し続けていた。

のび太は、どれだけ自分が間違っていても、それを認めることなどない男だ。

それは幼少の頃から始まり、すでに生き方になっている。

母に怒られたときも、教師に叱られたときも、彼は常に言い訳を探し、自分がいかに正しいかを、自身の中で主張し続けた。

そして、最終的には「自分は被害者であり、周囲が悪い」という結論にたどり着く。

「ジャイアンが悪い。全部アイツのせいだ。なんで僕を雇ったんだよ……?」

のび太の頭の中で、ゆがんだ理屈がひねり出される。

「僕がどれだけ苦しんできたか、ジャイアンは知らないくせに。いや、知っていて、わざと雇ったんだ。アイツは僕を見下して、自分の成功を見せつけたいだけなんだ」

その考えは、武の行動のすべてを悪意という解釈に変える。

のび太にとって武が手を差し伸べた理由など、最初から存在していない。

その曇った脳内で、武は許しがたい敵となりつつある。

「静香ちゃんと結婚して、子供まで作って、僕の前に現れるなんて……嫌がらせに決まってる」

現実には、武はのび太のためを思い、どうにか立ち直らせようとしただけだ。

しかし、のび太はそんな善意を受け取れる心を持ち合わせていなかった。

逆に、その善意すらも「自分への攻撃」と解釈する。

「許さない……ジャイアンを絶対に許さない……。」

のび太は、これからも武に叱責される自分の姿を想像し、その度に憎しみが深まっていった。彼の中で、武は「幼いときから自分を傷つけ続ける存在」として膨れ上がっていく。

のび太の脳裏では、武に対する怒りと憎悪が巨大な渦を巻いていた。

「僕を、こんな目に遭わせた報いを受けさせる……!」

憎悪は次第に具体的な計画となり、のび太の中に確固たる決意が生まれる。

最初は曖昧だった思考が、夜を通して徐々に形を成していった。

「アイツを殺す」

その言葉を心の中で繰り返すたび、のび太は奇妙な興奮を覚えた。

自分が正しい、自分が被害者、だから武を罰するのは当然だ、という歪んだ正義感が彼を支配していた。

気がつけば窓の外は薄明るくなり、部屋の中に朝の光が差し込んでいる。

のび太は一晩中考え続けた末に、ついにその決意を固めた。

彼の顔は青白く、不健康な光を放っている。

「僕はもう黙っていない……」

のび太はベッドからゆっくりと起き上がり、荒れた部屋の中でぼんやりと立ち尽くした。彼の中にあるのは、一晩かけて育てた憎悪と、行動に移そうとする危うい衝動だった。

部屋の片隅に置かれた古びた机の上には、小学校時代に父親ののび助が映した写真が置かれている。

その中には、明るい笑顔を浮かべた小学生時代ののび太と武、スネ夫、そして静香が写っていた。

すでにこの時には武とスネ夫にいじめられ、静香にはそっけない態度をとられていたが、たまたま一緒にいたところをカメラ片手に通りかかったのび助が、仲よく遊んでいるのだと勘違いして撮影したのだ。

武やスネ夫、静香も、まさか父親の前でのび太を迫害するわけにもいかず、大人しく仲がよさそうなフリをしている。

のび太はその写真を見つめると、手に取って裏返した。

「昔のことなんかどうでもいい……」

彼の中で、過去は完全に断ち切られた。

残るのは武への憎悪と、報復の衝動だけだった。

続く

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死刑確定囚・野比のび太 – 第二十二話・静の怒りと武の苛立ち


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武のいらだちと咆哮

「私、もう限界!」

静香の声が、朝の静けさを破った。

自宅のリビングでコーヒーを飲んでいた武は、新聞を置き、眉をひそめながら静香を見た。

「何がだよ?」

「野比くんのことよ!」

静香は食卓の向こうから一歩近づき、苛立ちを隠そうともせず続けた。

「小学校の時から、あの人のことが薄気味悪いと思ってた。変なこと言ったり、いつも、じっと私を見つめて……私、本当にあの視線が嫌なの!」

武はため息をつき、テーブルに肘をついた。

「静香、お前、それ言い過ぎだろ。あいつも、昔からの幼馴染なんだぞ」

「幼馴染だから何?現場の人たちだって言ってるじゃない!『なぜ、あんな男を雇ったんですか?』って。武だって分かってるでしょ?」

静香の苛立ちはさらに高まり、武の目を真っ直ぐに見据えた。

「何が『助けてやる』よ。あの人不真面目だし、周りに迷惑をかけてるだけじゃないの!」

「分かってる……分かってるよ!」

武は、苛立たしげに声を上げた。

「でもな、放っておいたら、どうなるか分からないだろ?俺たちくらいしか、あいつをどうにかできる奴がいないんだよ」

静香は黙り込んだが、顔にはまだ不満の色が浮かんでいた。

武は視線を逸らし、ため息混じりに言葉を続ける。

「それに……明日からの中国出張が控えてるんだ。こっちもギリギリの状況なんだよ。頼むから、余計なことで俺を煩わせないでくれ」

静香は言い返すことなく、無言でキッチンに戻った。

その背中を見つめながら、武は苛立ちを抑えきれずに頭を掻きむしる。

武の苛立ちは、そのまま会社へと持ち越されたが、火に油を注ぐ事態が待っていた。

倉庫へ行った時、社員たちからの報告で、のび太がまた勤務中にいなくなったというのだ。

「社長、また野比がいません。トイレに行ったっきり戻ってこないんです」

倉庫主任の声に、武は一瞬目を閉じた。

そして、深い息をついて立ち上がると、冷静さを失わないよう努めながら答える。

「分かった。俺が探す」

倉庫の隅々まで見て回るうちに、最初は勉めて冷静にしようとした心が、なかなか見つからない苛立ちによって、だんだん熱くなっていく。

そして、外へ出て自社のビルと隣の会社のビルの間の陰にしゃがみ込んで居眠りしているのび太を見つけた時、もはや限界を超えた。

「のび太!!!」

武の声は鋭く、とてつもない大声であり、眠っていたのび太は飛び起きた。

「な、何……」

寝ぼけた表情ののび太に、武の中の怒りが一気に爆発した。

「ふざけるなよ!!」

武は、のび太の腕を引っ張り立たせると、その場で怒鳴りつけた。

「お前、何やってんだ!ここは遊び場じゃねえんだぞ!!」

のび太は、怯えた目で武を見上げたが、武の怒りは収まらない。

「いいか、周りを見てみろ!みんながどれだけ必死で働いてるか分かってんのか!!お前の態度が、どれだけ迷惑かけてるか……分かってるのか!!」

武の剣幕に、周囲の作業員たちも動きを止め、様子をうかがう。

その怒りは普段穏やかな武を知る社員たちにとっても衝撃的だったのだ。

のび太は、泣きそうな顔をして何度も「すみません」と繰り返したが、武はそれでも怒りを収めることなく言い放った。

「いいか、これが最後だ!次に同じことをしたら、クビにするからな!!!」

武の声が倉庫全体に響き渡り、のび太は、怯えながら小さく頷いた。

その日、のび太は定時まで黙々と働く。

周囲の視線を気にしながら、怒られないようにと、必死な様子が見え見えだったが。

やがて定時になると、逃げるように帰宅した。

しかし、家に帰るとその恐怖が、次第に別の感情へと変わることになる。

「ちょっと休んでただけなのに……なんであんなに怒鳴るんだ……!それもみんなの前で!」

のび太は、暗い部屋の中で独り言を呟いた。

「やっぱり……ジャイアンは見下してるんだ。いや、それだけじゃない……あいつ、わざと僕を雇って、こんな辛い仕事をさせて見せ物にしてるんだ……今日、怒鳴ったのもそうだ!あいつは、昔から僕をいじめて楽しんで……おかげで、僕は何をやっても自信がなくなって……、こんなふうになったのは、あいつのせいだ!」

滅茶苦茶な思考が、のび太の中で膨らんでいく。

「……ジャイアンなんて、いなくなればいい」

のび太の心の中に、とてつもない闇がどす黒く広がっていった。

続く

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死刑確定囚・野比のび太 – 第二十一話・夫婦間の亀裂とのび太の影響


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のび太の逆恨みと夫婦の亀裂

のび太の勤務態度は、日に日に悪化していた。

最初こそ、武が倉庫内での軽作業を割り振り、少しずつ仕事に慣れさせようとしていたが、のび太は全く適応しようとしていなかったのだ。

体力がないのはもちろんのこと、引きこもり生活の長さからか、コミュニケーション能力も乏しい。

作業指示を受けても曖昧な返事しかせず、やがて、現場の作業員たちから厳しい言葉が飛ぶようになった。

「野比、動けよ!荷物が溜まってるんだよ!」

「お前、それでも働いてるつもりか?」

叱責の声にのび太はただ下を向き、やる気のない様子で作業を続ける。

しかし、その態度がさらに現場の反感を買うことになり、次第に孤立してゆく。

一方で、毎日の重労働や叱責により、のび太の心の中では、武への複雑な感情が膨らみ続けていた。

「僕には僕のペースがあるんだ。何でそのペースを尊重してくれないんだ」

「ジャイアンは、なんでこんなところで働かせるんだろう?」

「ジャイアンが僕にこんなつらい仕事をさせるのは、嫌がらせをしたいからに違いない」

「それと、僕をここで働かせることで自分が社長になったことと、静香ちゃんと結婚して幸せな家庭を築いていることを見せつけたいんだ」

現実を正しく見ることができないのび太は、無茶苦茶な屁理屈で武を逆恨みするようになっていった。

その思い込みは日に日に強くなり、のび太は武だけでなく、静香に対しても薄気味悪い視線を送るようになる。

静香が子供たちを連れて会社に顔を出すたび、のび太はじっと彼女を見つめた。

その目には、憧れとも嫉妬ともつかない感情が混ざり合っており、静香は次第にその視線に不安を覚え始めるようになる。

「ねえ、武。なんであんな人を雇ったの?」

夕食の席で、静香が思い切って切り出した。

「のび太か?俺たちの幼馴染じゃないか。助けてやるべきだと思ってさ」

一日の勤務を終えた武は、少し疲れた表情を浮かべながら答えた。

「あの人、現場の評判最悪だよ?それと……私のこといつも変な目で見てくるの。じっと見てきてなんだか怖い」

静香の声には、明らかな警戒心が滲んでいた。

「気にしすぎだろ。のび太だって、まだ慣れてないんだよ」

「違うの。あの目は普通じゃない。何かやりそうで……怖いのよ、本当に」

静香の真剣な訴えに、武も一瞬黙り込んだ。

だが、彼は肩をすくめてこう答えた。

「お前、あいつを悪く見すぎだ。長い間引きこもってたから、ぎこちないだけだろ」

静香は納得がいかない様子で言い返す。

「でも、何かあったらどうするの?私や子供たちに危害を加えるようなことがあったら、どう責任を取るつもり!?」

その言葉に武は少し声を荒げる。

「のび太はそんなことしないよ!あいつは優しい奴なんだ!お前だって知ってるだろう!」

だが、静香の不安が拭い去られることはなかった。

そして、日がたつにつれて武とのび太を巡る議論は、夫婦の間に小さな亀裂を生み出していった。

静香は、のび太の存在が子供たちの安全に影を落とすのではないかと心配し、武はその不安を過剰反応だと一蹴しようとする。

「俺は、のび太を救いたいんだ。それだけだよ」

「それで、私や葉音や優士が危険にさらされるのは、どうでもいいの!?」

静香の言葉に、武は思わず言い返すことができなかった。

彼の心にも、のび太を雇ったことへの小さな不安が芽生え始めていたのだ。

現場での苦情は、彼の耳にも入ってもいたこともある。

しかし、その時の武はまだ、この選択が後に彼らの生活にどんな影響を与えるのか、想像もできていなかった。

続く

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死刑確定囚・野比のび太 – 第二十話・のび太の初出勤: 恐れと葛藤


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交錯する視線

のび太にとって、剛田商店への初出勤は人生で最も恐ろしい挑戦だった。

長年引きこもっていたため、家から一歩も外に出たくないばかりか会社で働くということ自体が初体験なのだ。

「絶対にイヤだ」という思いと闘いながら剛田武の説得によってなんとか初出社に至ったが、職場に到着してからも、その恐怖と緊張は消えることはなかった。

工場の倉庫は忙しさに満ちており、社員たちは黙々と作業をこなしている。

のび太は、自分の場違いな存在を痛感しながら、恐る恐る荷物の仕分けを始めた。

しかし、働くという経験が全くなかっただけでなく長年運動不足で肥満した彼にとって、簡単な仕分け作業ですら重労働。

数箱を運んだだけで息が上がり、膝に手をついて休む始末だった。

「ちょっと野比さん!そんなペースじゃ仕事にならないよ!」

作業場のリーダーらしき中年男性が、厳しい声を飛ばす。

のび太は「すみません」と、蚊の鳴くような声で謝るしかない。

額にはじっとりと汗が滲み、体力のなさを呪うような思いだった。

そこへ、武が通りかかり、のび太に向けて明るい声をかけた。

「のび太、焦るなよ。お前はまだリハビリ中だ。少しずつ慣れていけばいいさ」

その言葉に一瞬ホッとしたものの、「社長の幼馴染だから入れた使えそうにない奴」と周囲の社員たちの目は冷たく、それがのび太の心をさらに締め付ける。

そんな倉庫内の空気が張り詰める中、外から高めの女性の声が聞こえた。

「みなさん、今日もご苦労様です」

「おはようございます、専務。」

のび太は、その声にハッと反応した。聞き覚えのある声――静香だった。

倉庫の入り口から、シンプルなスーツに身を包んだ静香が現れた。

そして、のび太を驚かせたのは何と小さい女の子の手を引き、二歳くらいの男の子を乗せたベビーカーを引いていることだ。

「おお、おはよう。葉音と優士を保育所に預けてからでいいから、打ち合わせに来てくれないか?」

「うん、わかった。すぐ行くから」

武と静香は自然体接し合い、短い会話を交わす。

「どういうことだ?あの子供たちは?」

のび太はその光景を呆然と見つめる。

静香の存在そのものが彼の記憶をかき乱す。

静香が、武の会社で働いている?

それだけでもショックだったのに、さらに彼女が二人の子供を連れているのを見て、彼の思考は止まった。

静香がふと視線を倉庫内に向けると、そこで初めて、のび太の姿に気づく。

彼女の顔は一瞬固まり、まるで見てはいけないものを見たかのように声を失った。

その反応が、のび太には痛烈に突き刺さる。

「どうした?誰か分かるか?」

静香の表情を察した武が、軽い調子で声をかけた。

「のび太だよ。ほら、ガキの頃、土管の空き地によく来てた。うちで雇うことにしたんだ」

静香の目が、再びのび太に向けられる。

その視線は困惑そのもので、まるで言葉を探しているようだった。

「そうなの……」

静香はそう答えるのがやっとで、次に武を見上げる目には、どこか戸惑いと複雑な感情が浮かんでいる。

その会話の一部始終を聞きながら、のび太は衝撃で頭が真っ白になった。

武と静香は結婚していたのだ、しかも子供まで――その事実が、彼を深く突き刺す。

そして、二人の子供たちに目を向けると、幼い女の子の方が武に似ていることに気づく。顔の輪郭、目元――どれを取っても武そのものだった。

「結婚してからずいぶん経つのか……」

のび太は心の中で呟き、視線を落とす。

現実を受け入れることができなかった。

あの未だ片思いの静香が、よりによってジャイアンと……。

静香は最後にもう一度のび太を見たが、その目には近づきたくないという距離感が見え隠れしている。

その後、子供たちを連れて足早に去っていった静香の後ろ姿を見送りながら、のび太は呆然と立ち尽くすしかない。

その日は初出勤だったにもかかわらず、のび太は仕事が手につかなかった。

何もかもが崩れ落ちた気がして、彼はただ自分の無力さを噛みしめるしかなかったのだ。

続く

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死刑確定囚・野比のび太 – 第十九話・ジャイアンとのび太の絆


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手を差し伸べるジャイアン

土曜日、剛田武はベントレー・ベンテイガを静かに停め、野比家の玄関へと向かった。

ラフなカジュアルスタイルながら、清潔感のある服装。

グレーのジャケットに白シャツを合わせ、足元は上質なスニーカー。

休みの日だが、今日はただの訪問ではない。

幼馴染の野比のび太を立ち直らせるため、家を訪ねるのだ。

すでに自分の母親を通して、自分の訪問は野比家の両親に伝えてある。

玄関を開けたのは、憔悴した表情ののび太の母の玉子だった。

のび太によく似ているが、今や年齢以上に老けた顔にメガネをかけ、服装は質素だがきちんとした印象を保っている。

玄関には父のび助の姿もあり、どこか落ち着かない様子で武を迎えた。

「剛田さん、本当にありがとうございます……」

玉子は深々と頭を下げた。

「やめてくださいよ、お母さん。俺が会いたくて来ただけですから」

武は、勉めて明るい口調で答える。

のび助も苦笑いを浮かべながら「正直助かります。何をどう言っても、あいつは……」と声を落とす。

家の中に通された武は、ふと壁に目をやる。

そこには、明らかに蹴られてへこんだ跡やひび割れが残っていた。

家庭内暴力の痕跡が、家の疲弊を物語っている。

玉子は、武がそれに気づいたのを見て目を伏せ、小さく首を横に振った。

「高校生くらいの時から……あの子は……」と声を詰まらせる。

「のび太、武くんが来たわよ」

のび太の引きこもる部屋の階段を先に上がった玉子が声をかけるが、部屋の中は沈黙したままだった。

「どうぞ」

玉子が促すと、武は障子を軽くノックし、自ら開けた。

「よお、のび太! 」

武の声は明るいが、その目に映ったのび太の姿に言葉を失った。

のび太は部屋の隅で体育座りのように縮こまり、怯えた表情でこちらを見ている。

30歳になった彼の体は太りきり、顔には脂肪がついていた。

部屋は荒れ果て、床には食べかけのお菓子やゴミが散乱している。

机の引き出しが半開きになっているのを見た武は、ふと昔のことを思い出した。

「お前……ずいぶん変わっちまったな」

武が一歩近づくと、のび太はびくっと体を震わせ、目を逸らす。

「そんな怯えた顔すんなよ。何もしねえよ。小学生の時とは違うんだ。」

武は少し笑みを浮かべたが、その言葉が逆にのび太を萎縮させた。

「……ジャイアン、何しに来たんだよ」

のび太が震える声で言う。

「お前を立ち直らせるためだよ」

武は、畳みかけるように言った。

「お前、いい加減に家から出てこいよ。親父さんとお袋さんがどれだけ心配してると思ってるんだ?」

のび太は、視線をそらしながら「……だって……べつに……関係ないじゃない」とぼそぼそ呟く。

「関係あるとかないとかじゃねえだろ。おまえ、いつまでそうしてる気なんだよ」

武の言葉に、のび太はさらに小さくなる。

「なあ、お前に提案がある。俺の会社で働かないか?まずは、倉庫で荷物を仕分けるだけだ。簡単な仕事だし、慣れたらいろいろやってもらう。それに朝起きて少しでも体を動かせばお前も変わるぜ」

のび太は何も答えず、ただ俯いたままだった。

武は少し息をつき、語調を和らげた。

「なあ、のび太。俺に任せてみろよ。一緒にやろうぜ」

のび太が顔を上げると、武の目には真剣な光が宿っている。

その眼差しにのび太は戸惑いながらも、何かを感じ取ったようだった。

武が部屋を出ると、廊下で待っていた玉子とのび助が目を潤ませる。

「ありがとうございます、剛田さん……本当に。」

玉子は、涙ながらに感謝を伝えた。

「まだ何もしてませんよ。でも、あいつは俺が絶対に立ち直らせます。」

武は静かに答え、もう一度のび太の部屋を振り返った。

武の心には「俺が何とかする」という揺るぎない決意があった。

それは、過去に彼が守れなかった幼馴染への償いであり、罪滅ぼしでもあった。

この訪問が、のび太にとって新たな一歩となるのか。

それは、まだこの時点では誰にもわからなかったが、希望の火種は確かに灯されたのだ。

続く

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死刑確定囚・野比のび太 – 第十八話・引きこもりの息子と家族のジレンマ


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限界親子

練馬区役所の一角にある相談窓口。

明るい蛍光灯の下、野比のび太の両親である野比のび助と玉子は、緊張した面持ちで座っていた。

窓口の職員は書類を前に、慣れた口調で説明を続ける。

「お話を伺う限り、ご子息は精神科の専門機関で診察を受けられた方がいいかもしれませんね。ただ……ご本人の同意がなければ、強制的に入院させることはできないんですよ。」

「……そう、ですか。」

玉子の顔は、疲れ果てていた。

手元のバッグをぎゅっと握りしめ、夫ののび助をちらりと見る。

彼もまた黙り込んでいる。

ここに相談に来るのは、何度目だろうか。

のび太が中学一年生で引きこもり始めてから、すでに十数年が経っている。

最初のうちは、何とか学校へ戻すことを試みたが、その努力は報われることはなかった。

そして、成人してなお一歩も外へ出ない息子を前に、どうしていいのか分からなくなってしまったのだ。

「私たち……どうすればいいのでしょうか」

玉子の声は震えていた。

「お母さんも、かなりお疲れのようですし、一度ご家族全体でカウンセリングを受けるのもいいかもしれません」

職員の優しげな言葉に玉子は小さくうなずくが、その目には希望の光は見えなかった。

そのころ、剛田武は自分の会社「剛田商店」本社からほど近い実家に住む母を訪ねていた。ここは、武が剛田商店を引き継いだばかりの時までは実体店舗として営業をしていたが、現在は今の本社にすべての機能を移転して、今はかつて店舗だった名残が残るだけである。

生まれ育ち、ずっとここで過ごしてきた懐かしい実家に母の手作りの夕飯の香りが漂う。

妻の静香と子供たちは、高校時代の友達たちと子供同伴のお泊り女子会に出かけており、この日は実家で久々に母の作った夕食を摂ることになっていたのだ。

「武、随分早く来たじゃないの」

母が軽く笑いながら食器を並べると、武は黙って箸を手に取った。

ビジネスの最前線で働いている彼だが、この家に帰ると肩の力が抜ける。

「あんた、最近元気?忙しいんでしょ」

「まあな。でも忙しいのはいいことだろ。母ちゃん」

食事をしながら、最近、週刊連載で忙しい漫画家の妹の話題や、葉音と優士を今度はいつ連れて来てくれるのか?などと祖母らしいことを言う母の話を聞きながら、武が箸を口に運んでいると、不意に話題を変えた。

「ねえ、武。近所の野比さんのこと聞いたことある?」

「野比?……のび太んとこか?」

箸を止め、武は顔を上げた。

「息子さん、まだ引きこもっているらしいのよ。もう33歳だっていうのに……玉子さん、すっかり疲れ果ててね」

「……まだ引きこもってんのかよ、アイツ!」

武は呆れたように言いながらも、微かな罪悪感が胸をかすめた。

小学校時代、のび太をさんざんいじめて楽しんでいたのは事実だ。

中学に上がって野球部に入ってから、自分が上級生に理不尽なしごきを受けるようになって、初めてやられる側の気持ちがわかり、他の小学校出身者にいじめられていたのび太を助けてやったこともある。

しかし、守り切れなかった。

のび太は、いじめを苦に登校拒否になり、それから学校に来なくなったのだ。

中学の時、もうちょっとあいつにかまってやれば、いや、あいつの問題だ。

そういったちょっとした葛藤が時々頭をもたげていたが、まさか今でも引きこもっているとは思わなかった。

「……武、なんとかしてやれないのかね?」

母の言葉が武の胸に突き刺さる。

「俺が……?」

「そうよ。あんた、あの会社を立て直して、ここまで大きくしたじゃない。力があるんだから、何かしてあげられるんじゃない?」

武は椅子にもたれかかり、黙り込んだ。

確かに――自分には力がある。

自分の会社で雇って、少しずつ社会に慣らしてやることだってできるかもしれない。

いや、自分ならできる。

「母ちゃん、のび太の親父さんとお袋さんに伝えといてくれよ……」

母は驚いた顔をして息子を見つめた。

「俺が何とかしてやるってな!」

その言葉には、持ち前の男気と過去へのわずかな償いが込められていた。

のび太を小学校時代にはさんざんいじめ、中学校時代には見捨てた、という罪悪感が時々頭をもたげていたのだ。

夕飯を食べ終えた剛田武は「今度は葉音と優士を連れて来るからよ」と母に別れを告げてベントレー・ベンテイガに乗り込み、芝浦の自宅マンションに向けてハンドルを握った。

あいつがああなったのには、俺にも責任はある。

それの清算はしなくっちゃな!

バックミラーに映る自分の表情は、かつての「ジャイアン」そのものだった。

この男気が、最悪の悲劇の幕開けとなるとも知らず――。

続く

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死刑確定囚・野比のび太 – 第十七話・ドラえもんと30歳ののび太の葛藤


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未だにドラえもんを待つ三十歳ののび太

野比家の二階、畳敷きの部屋は中学一年生の頃とほとんど変わらない。

机の上には使い古された文房具や埃をかぶった小物が散らばり、押し入れには今や着ることのない学生服が吊るされたまま。

その中に、ただ一つ違うものがある。

30歳を迎えた野比のび太の肥満した体が、その空間に重く沈んでいることだ。

のび太の体は、かつての小柄で頼りない少年の面影を完全に失い、ぶくぶくと太っている。髪は寝癖がついたまま脂ぎっており、顔にはひげの剃り残しが目立つ。

彼の目は虚ろで、どこか焦点が定まらないまま天井を見上げている。

その視線の先にあるのは、現実ではなく、過去の夢だ。

「ドラえもん、いつ戻ってくるんだよ……」

のび太はそう呟くと、机の引き出しに目をやる。

その引き出しは、中学一年生の時から何度も開け閉めを繰り返されてきた。

かつてそこにあったタイムマシンが、もう一度現れるのではないかという期待が未だに捨てきれない。

部屋の外から微かな足音が聞こえた。

母・玉子だ。彼女は慎重に部屋の様子を伺う。

ノイローゼ気味になった彼女の顔には、疲れの色が濃く刻まれている。

14、15歳頃から始まったのび太の家庭内暴力。

そのたびに部屋の物が投げられたり、壊されたりした記憶が今も玉子を怯えさせている。

「のびちゃん……ご飯、持ってきたわよ」

玉子の声はか細い。

まるで腫れ物を扱うかのようだ。

「そこに置いといて!」

のび太の怒鳴り声が返ってくる。

玉子はビクッと体を震わせ、トレイをそっと部屋の入り口に置いた。

中身はインスタント食品や冷凍食品がほとんどだ。

それでも玉子は、のび太が暴れないことを最優先に考えている。

のび太は母の存在を感じながら、心の中で苛立ちを募らせていた。

彼にとって玉子は、口うるさく怒ってばかりで、自分を追い詰めてきた張本人だ。

小学生の頃から勉強や生活態度のことで怒鳴られ、叱られ、常に自分を否定されてきた。ドラえもんの話をしても「そんな話ばっかりしないで現実を見なさい!」と一蹴されるばかり。

のび太は、母が自分からすべての自信を奪い去ったと思っていた。

「俺をこんなダメ人間にしたのはママだ!」

のび太の心の中で、怒りが膨れ上がる。

かつての少年が持っていた無邪気さや優しさは、どこかに消え去ってしまった。

残っているのは過去の栄光を夢見てそこにすがりつく姿だけ。

しかし、その一方で、のび太は未だにドラえもんの帰りを心待ちにしていた。

引き出しの向こうからドラえもんが現れ、「何してるんだよ!のび太くん」と優しい声で言ってくれる――そんな日が来ると信じているのだ。

それが現実から目を背け、時間を無為に過ごす彼にとっての唯一の希望だった。

「ドラえもん……お願いだから戻ってきてよ……」

のび太は小さく呟き、机に顔を埋めた。

その体が震える。

涙が溢れているのか、ただ怒りに震えているのか、それは本人にもわからなかった。

続く

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死刑確定囚・野比のび太 – 第十六話・剛田商店の成長と静香の貢献


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支え合う武と静香

結婚生活が始まると、静香は自然と武のビジネスを支える立場に立つようになった。

家で家庭を守るだけではなく、武の経営する剛田商店に秘書として入社したのだ。

これは、単なるお飾りの役職ではなかった。

静香はもともと物事を整理し、計画的に進める能力に長けており、そのスキルを最大限に発揮して、武を支えたのである。

社長秘書としての静香は、社内で「完璧」と評される存在となった。

彼女はスケジュール管理や書類作成を徹底的にこなし、武がどんな状況でも適切な決断を下せるよう準備を整えたのだ。

社内の誰もが静香に一目置き、彼女の指示を仰ぐようになる。

秘書業務だけでなく、静香のもう一つの才能が輝いたのが、営業の場だった。

静香は、アメリカでの留学と会社勤務時代に培った英語力を武のビジネスに活かし、海外のバイヤーとの交渉を一手に引き受けるようになったのである。

ある日、大口の取引先であるシンガポールのバイヤーが来日した際のこと。

交渉が難航し、バイヤー側が契約条件の変更を主張。

武が静香を同席させたのは、このときが初めてだった。

静香は、冷静かつ柔軟な対応で相手の懸念を丁寧に聞き取り、問題点を的確に整理して解決策を提案。

その結果、取引先は満足し、契約は無事成立。

静香の対応に感服したバイヤーは、契約後も剛田商店を最優先の取引先として扱うと約束してくれた。

「静香がいると安心だ」

武はそう言って、彼女の手腕を素直に褒めた。

静香の存在は、もはや武にとって仕事でも欠かせないものとなり、夫婦としての絆もますます深まっていった。

結婚した翌年、静香は長女を妊娠する。

仕事を続けるべきか迷ったが、武は「無理しなくていい。家族が一番だ」と静香を気遣い、彼女は産休を取ることにした。

そして、生まれた長女は「葉音(はのん)」と名付けられた。

その名前には、静香と武が共に作り上げた新しい家庭の「音色」を響かせたいという思いが込められている。

初めて我が子を腕に抱いた武は、「これが俺たちの未来なんだな」としみじみと語った。

葉音が三歳を迎えた頃、静香は再び秘書として職場に戻る決意をする。

だが、その頃には、また新しい命が宿っていた。

第二子となる長男「優士(ゆうじ)」の誕生だ。

優士の名には「優しさ」と「士(おとこ)」らしさを兼ね備えた人間になってほしいという願いが込められていた。

二人の子供を抱えながらも、静香は見事に仕事と家庭を両立させる。

仕事の合間に保育園の送り迎えをし、家では愛情たっぷりの食事を作り、子供たちの成長を見守った。

武も家庭を大切にし、子供たちとの時間を積極的に作ったのである。

「静香と葉音、そして優士がいてくれるから俺も頑張れる」武はよくそう口にした。

彼らの家庭は愛情に満ち溢れ、周囲の人々からも理想的な家族として映っていた。

静香の働きぶりは、社員たちにも良い影響を与え、「剛田商店」は、ますます成長を遂げていく。

静香と武の関係は、単なる夫婦という枠を超えたものだった。

仕事のパートナーであり、家庭の支柱でもある二人は互いを尊敬し合い、補い合う存在だったのだ。

時には衝突することもあったが、そのたびに、お互いの思いを真摯に伝え合い、理解を深めていったのである。

そんな日々の中で、葉音と優士も健やかに育ち、家族としての絆は、ますます強固なものとなっていった。

静香と武が、共に築いた家庭と仕事の両輪。

その調和は、剛田商店の繁栄とともに未来へと続いていく。

それを疑う者はこの時、武や静香も含めて誰もいなかった。

続く

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