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1997年10月6日、愛知県小牧市でバットやゴルフクラブを持った暴走族の少年20人あまりが、小牧駅通路でたむろしていた日系ブラジル人の少年少女たち10人を襲撃。
三人のブラジル人の若者が重軽傷を負い、14歳のブラジル人少年・エルクラノ・ルコセビシウス・レイコ・ヒガが拉致されて暴行を受け、後日死亡する事件が起きた。
暴走族による襲撃の理由は、不良ブラジル人三人にケンカを吹っ掛けられ、車をへこまされた報復である。
しかしエルクラノを含め、襲われたブラジル人少年たちは、日本人少年グループにケンカを売った三人と全く関係がなく、同じブラジル人という理由で攻撃されてしまったのだ。
そして、事件後に明らかになったのは、被害者及びその両親に対する少なからぬ日本人の冷たい対応だった。
ブラジル人の多い小牧市
エルクラノ
殺されたエルクラノ・ルコセビシウス・レイコ・ヒガ(14歳)は、1991年に出稼ぎ労働者として来日していた両親に呼ばれて、1995年に日本にやって来た。
来日して日本の中学校に入ったが、いくら言語習得の黄金期である十代前半でも、来日したばかりの彼にとって言葉の壁は厚く、学校生活になじめなかったようだ。
そこで中学校をやめて、ブラジルの通信教育システムを使って在宅で勉強を続けていた。
このように、日本の学校になじめなかった日系ブラジル人の少年少女は全体の約半数に上っていたため、エルクラノは少数派というわけではない。
かといってグレたわけでは決してなく、仕事で忙しい両親をサポートするために家事を手伝ったり、14歳ながらアルバイトをして、家計を助けていたまじめな少年だったのだ。
そんな彼にとっての息抜きは、小牧駅北側通路付近で同じブラジル人の若者と集まって話すことだった。
1990年6月に「出入国管理及び難民認定法」が改正されて日系人に在留資格が認められて以来、労働目的で日系ブラジル人が来日するようになり、特にここ小牧市は、現在でも日系ブラジル人が多い。
エルクラノと話す仲間のブラジル人の若者たちも両親に連れられてきたか、自分も工場などで働いている日系人だ。
来日して間もない者が多く、日本人は自分たちを避けて遠巻きにするから、やはり同国人同士は楽しい。
かといって、ブラジル人だけで固まっているわけではなく、このグループには仲良くなった日本人の少年少女も混じっていた。
十代の者がほとんどだが、彼らは悪さをする集団ではない。
集まって話をしているだけで、無害な部類の若者たちだった。
が、日系ブラジル人は彼らのような者ばかりではない。
数が多いと、不心得者も一定数出てくる。
エノクラノが命を奪われる事件のきっかけとなる出来事が、二日前に彼とは関係のないところで起こされていた。
シルビアに乗った不良ブラジル人
その出来事は10月4日、車を運転していた兼井亮(仮名・19歳)たちが三人の日系ブラジル人の若者にケンカを売られたことから始まる。
前をノロノロ走っていたシルビアを兼井の車が追い越したところ、そのシルビアが急加速して追いかけてきて、パッシングをするなど煽ってきたのだ。
そして横に並ぶや、中に乗っていた一人が身を乗り出して「バカヤロ!」と、なまりのある日本語で怒鳴るや、ゴルフクラブで兼井の車を一撃。
そのまま走り去った。
「あのボケら!」
暴走族などの悪い連中と付き合いがあり、その一味の者でもある兼井は怒り狂ったが、この車は知り合いから借りた車。
どこかへこまされていないか点検しようと車を停めると、先ほどのシルビアが戻って来た。
車内には、ここのところ街でよく見かけるようになった日系ブラジル人と思しき、ほりの深い顔立ちの三人の若者。
こちらを見ながら、ヘラヘラ笑って挑発しつつ再び去って行った。
「覚えとけよガイジン!顔は覚えただでな!」
兼井はヤンキーらしい捨て台詞をシルビアに向かって吠えたが、ナメられているのは明らかだから、この怒りは押さえられない。
彼は不良少年、ナメられたら自分はおしまいだと考えている種類の人間なのだ。
だいたい最近小牧市のあちこちで見かけるようになった日系ブラジル人だが、彼はいい印象を持っていない、というかムカついていた。
ついこないだも、小牧駅で日系ブラジル人らしき少年たちに「オマエ、オレニ“バカ”イッタデショ?」とか、訳のわからんいいがかりをつけられ、もめたことがあったのだ。
そういえば、さっきの奴らと同じ連中だったような気がしないでもない。
この時の兼井が知っていたか否かはわからないが、さきほどのシルビアの三人は、この小牧界隈のブラジル人ばかりか日本人不良少年の間でも有名になり始めていた札付きであった。
窃盗などの悪さを重ねる一方で、暴走族のようなイキっている日本人の不良少年が大好物らしく、見かけるとすぐにケンカを売ってくる武闘派でもあるのだ。
その夜、家に帰ってムカムカしていた兼井の携帯電話に着信があった。
かけてきたのは、タメ年の吉池浩二(仮名・19歳)。
かなりヤンチャしている男で、あちこちの暴走族にも顔が利く実力者だ。
その要件は何と、あの「シルビアのガイジン」、兼井の顔見知りでもある後輩の一人が車をへこまされたから、仕返しの手伝いに来いと言うではないか。
「そいつ知っとるぞ!俺も探しとったんだわ!」
時間はすでに夜12時を回っていたが、復讐の炎をたぎらせるあまり寝付けなかった兼井は、いきり立って家を出た。
兼井は吉池とその後輩らと合流した後、車に分乗。
車に鉄パイプやゴルフクラブを積んで、「シルビアのガイジン」狩りに夜の街へ繰り出した。
それにしても「シルビアのガイジン」は、この日特に大暴れだったらしい。
兼井や吉池の後輩にそれぞれケンカを売ったばかりではなく、別のグループにもちょっかいを出していたようなのだ。
兼井たちは途中に立ち寄ったコンビニで、自分たちより年下と思しき鉄パイプを手にした不良少年たちに出くわしたが、何かを探している様子だったので、もしやと思い「オメーら、ダレ探しとんだ?」と先輩風を吹かせて聞いたところ、彼らの答えは「シルビアのガイジン三人っす」。
少年たちは原チャリをやられたという。
その後、兼井たちは目を血走らせて、午前4時まであちこち探して回った。
だが、結局この日は誰も「シルビアのガイジン」を見つけることはできず、ムカつく気持ちを抑えられないまま、日本人の不良少年たちは帰宅した。
続々集まる日本人不良少年たち
10月6日の夕方、市内のファミレスに、吉池と兼井ほか三人の少年が集まっていた。
要件は、吉池が仲介した仲間同士の車の売り買いについてだったが、兼井は一昨日の「シルビアのガイジン」たちへの怒りが頭から離れず、この場でもそれを口にする。
二日前のことだがまだムカつく。
そして話しているうちにだんだん怒りが増してきた。
「ガイジンたよ(外人たちさ)、小牧駅にようけおるみたいなんだわ」
夕方に同胞に会おうと小牧駅北側通路に集まる、エルクラノを含む日系ブラジル人の少年たちのことである。
前に自分に文句をつけてきたガイジンも小牧駅にいた奴らだったし、「シルビアのガイジン」はあの中にいるか、もしくは知り合いかもしれないと考えたようだ。
「ああ、そういや、あそこいつもガイジンようけおるな」
「あれんた(あいつら)の中におるて、ぜってーに。やってまわんか?」
ここで兼井の話を聞いていた吉池も、自分の息のかかった者がやられているので熱くなり、こう言った。
「そうだて、やってまおうぜ。どつき回したろう」
日系ブラジル人襲撃の決行が決まった瞬間だった。
内心行きたくないと思っていた者もいたが、ここで「やめよう」と言ったら、周りに怖気づいたと思われてしまうだろう。
ここにいるお世辞にも善良とは言えない少年ばかりの中で、それは立場を完全に失うことを意味した。
そうは言っても、ここにいる人数では心細い。
悪ガキどもは、頭数を揃えるためにそれぞれのツレに電話し始めた。
同時に兼井は、バイクで小牧駅に彼らがいるかどうか偵察に向かう。
その頃、自宅で家族団らんの夕食を終えたエルクラノは、いつもの小牧駅北側通路に向かっていた。
「みんな来てるから、お前も来いよ」と、同じ日系ブラジル人の友達であるホリオンに電話で誘われたからだ。
家を出る時、母親のミリアンには「早く帰ってきなさいよ」と言われながら、喜び勇んで憩いの場所に出かけた。
小牧駅に着くと、いたいた。
ホリオンも、コウタも、エリオも、カヨコも、みんないる。
エルクラノを見つけると「よーう」とか言って、笑顔を向けてくる。
いつものメンツに加えて何人かの見かけない顔とカヨコのような地元の日本人もいるが、ここに集っている以上みんな友達だ。
エルクラノもその輪に加わって、仲間たちと話を始めた。
気の置けない友人たちと直接会って話をするのはやはり楽しい。
こういうのは携帯電話ではだめだ
彼が合流してからしばらくして、一台のバイクが彼らの近くを通り過ぎた。
バイクの形とそれにまたがっている者の風体から、日本人の中で不良とみなされている「暴走族」っぽい若者である。
それは、日系ブラジル人の少年少女たちにも分かるのだ。
バイクは距離がある程度離れたところに停まると、それに乗っていた若者はこちらに向かって「馬鹿野郎!」と吠えて走り去った。
「なんだあいつは?」
少々気分が悪いが、気にしない。
日系ブラジル人の若者たちは、つい先日行った同国人の開いたイベントの話題などで盛り上がり始めた。
「おったぞおったぞ!ガイジンた、十人くらい小牧駅におった!」
小牧駅への偵察から戻って来た兼井が、ファミレスに待機していた吉池たちに報告した。
「よっしゃ!人数も集まったで、ガイジンども、ボコボコにしたろう!」
ファミレスには、いつの間にか先ほどより多くの不良少年が集まっている。
それぞれのツレを呼び、またそのツレがツレを呼んだりして、20人くらいになっていたのだ。
当然、どいつもこいつも暴走族をやってたりするろくでなしで、木刀や鉄パイプ、ゴルフクラブなどの凶器持参なのは言うまでもない。
こんな奴らに集合場所にされて、店もいい迷惑である。
悪ガキどもは「腹が減ってはいくさはができぬ」とばかりに飯を食いながら、事実上の司令官である吉池による襲撃の手順などの説明を拝聴する。
当初の目的は「シルビアのガイジン」をぶちのめすことだったが、それはいつの間にか、小牧駅でたむろしているガイジンを一網打尽にすることに変わっていた。
また、何のために集まったかわからず、ファミレスで初めてその目的を聞いて帰りたくなった者もいたが、ここまで来といて帰るわけにいかない。
何度も言うが、こいつらは不良。
ビビったと思われたらおしまいだと考えているバカどもだからだ。
夜九時を回ろうとしたころ、総勢20人のバカたちは、車やバイクに分乗して小牧駅に向かった。
襲撃
午後9時を回ったころ、談笑していたエルクラノら日系ブラジル人の耳に、バイクの爆音が再び入って来た。
また暴走族である。
しかし、今度は大人数であり、しかも手に手にバットやバールなどの得物を持っている。
そして、何か怒鳴りながら、こちらにまっしぐらに向かってくるではないか。
「やばい!逃げろ!!」
自分たちを襲撃しに来たと分かったブラジル人の若者たちは、いっせいに逃げ始めた。
「待てコラ!ガイジン!!」
吉池と兼井を先頭に、暴走族グループは、二十人を二手に分けて挟み撃ちにする配置で襲撃。
ブラジル少年三人が逃げ遅れ、それぞれ取り囲まれる。
「こいつか?こいつじゃねえな」
「オイ、コラ!シルビアのガイジンどこだて!?」
「言えや!」
当初の目的どおり「シルビアのガイジン」のことを聞き出そうとしていたが、日本語が未熟なブラジル少年たちに、方言とスラングの混じった早口の日本語が聞き取れるわけがない。
それに、「シルビアのガイジン」って何のことだ?ブラジル人なら誰でも知り合いというわけではないのだ。
「ワタシシラナイ!ソレハナニ?」
「ちゃんと日本語しゃべらんかい!!」
イラついた兼井は、拳を脇腹に叩き込む。
他の奴らも木刀やバットをブラジル人に振り下ろし、蹴りを入れまくる。
最初は「シルビアのガイジン」の行方を聞き出すことが目的だったが、「シルビアのガイジン」もこいつらも同じガイジンだ。
日本に来て偉そうにしているように見えるから、ムカつく。
彼らが標的にしたのは、日系人でも明らかに外国人だと分かる顔立ちの者であり、一緒にいた日本人の少女や日本人そのものの顔をしている日系ブラジル人は襲われなかった。
兼井たちに痛めつけられた三人の若者は、ふらつきながら小牧駅構内に入って改札にいた駅員に助けを求めたが、何と駅員は「自分で警察に電話しなさい」と、つれない態度を取るではないか。
暴走族にビビッて、かかわらないようにしていたんだろう。
それでも三人は改札を飛び越えてホームに向かい、運よくやって来た電車に飛び乗って難を逃れることができた。
一方のエルクラノもホームに逃げ込んできたが、運悪く電車はまだ来ない。
そこで反対のホームに移動したのだが、そこで暴走族に見つかり捕まってしまう。
彼らは改札の外にいたのだが、エルクラノを見つけると、改札を飛び越えて殺到してきたのだ。
「タスケテクダサイ!」
エルクラノも構内にいた駅員に訴えたが、こいつも冷たい奴、いや非常識極まりない奴だった。
「他のお客さんに迷惑だから出て行きなさい」と明らかに身の危険にさらされているエルクラノを見捨てる態度に出るんだから信じられない。
彼は暴走族に羽交い絞めにされて、小突かれながら連れ去られようとしているのにだ。
暴走族たちは嫌がるエルクラノを車に押し込んで、すでに騒然となっている小牧駅から退散していった。
市之久田中央公園でのリンチ
現在の市之久田中央公園
「コラ!シルビアのガイジンはどこ住んどるんだ?!」
「知っとるだろが!言えて!おい!」
「日本でちょうすいた(生意気な)態度とるなてボケ!!」
エルクラノをさらって市内の市之久田中央公園に移動した不良たちは、ここでも「シルビアのガイジン」の行方を聞き出そうとしていたが、小牧駅同様同じガイジンだからとばかりに、その怒りが何の関係もないエルクラノに向かいつつあった。
どころか「そういえば、こいつあのシルビアに乗っとった奴の一人に似とるな」「いや、こいつじゃねえか!」ということになり、木刀で突き、顔面に拳を連打し、飛び蹴りをくらわし、歯が折れたらしいエルクラノは、口から血泡を出し始める。
「ワタシ、チガウ!イウイウ!ソノヒトシッテル!!」
「ほんまか?ほんなら電話しろや!」
エルクラノが苦し紛れにそう言うので、暴走族の一人が自分の携帯電話を出して電話させた。
携帯電話を貸したのは、谷永健一郎(仮名・19歳)というこの公園に移動してから新たに加わった少年で、一緒に働いている中野拓也(仮名・19歳)と難波友親(仮名・19歳)たちと来たようだ。
難波は木刀、中野はバタフライナイフ持参で来ている。
この時点で、不良の数は27人に増えていた。
だが実際、エルクラノは「シルビアのガイジン」の顔は知っていても友達ではないのだ。
よって電話番号などの個人情報は知るわけがない。
彼は谷永の電話を操作し、相手が出るとポルトガル語で話し始めたが、不良たちはその話しぶりから、すぐに何だかおかしいことに気づき始めた。
「シルビアのガイジン」じゃなくて助けを呼んでいるような感じがしたのだ。
「こいつ、助け呼んどらせんか?」
「オメーどこかけとるんだて!」
「おい!日本語使えて!」
エルクラノから携帯電話を取り返そうとしたが、手を離さずにポルトガル語で、何かを必死に訴えている。
彼は「シルビアのガイジン」と見せかけて、自宅に電話して父親に助けを求めていたのだ。
暴走族たちは、エルクラノの背中をバットで強打し、ゴルフクラブで殴りつけて、携帯電話を奪い取った。
この暴行で特に威勢が良かったのは、小牧駅での襲撃に間に合わなかった難波と谷永のグループである。
難波は、木刀でエルクラノを連打し、谷永は中野が持ってきたバタフライナイフを拝借して、エルクラノの右の太ももを刺すことまでしたのだ。
「アイイイイ!!!」
悲鳴を上げた彼だったが、暴走族グループによって、さらに容赦のない殴る蹴るの暴行を加えられる。
このままやったら死ぬな、と思った者も中にはいたらしいが、誰もやめようとはしない。
その最中、不良たちは公園内に複数の人影を見つけた。
夜のジョギングか散歩をしに来た人々である。
「やっべ!ずらかるぞ!!」
不良たちはそれぞれ乗って来た車やバイクに分乗して、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
やっと地獄のリンチから解放されたエルクラノ。
だが、遅かった。
彼はその後、近所の学習塾の講師によって助けられ、救急車で病院に運ばれたが、あまりにも身体へのダメージが重く、二日後に死亡する。
たった十四年の生涯だった。
そして皮肉なことに、日本人の不良少年が追っていた「シルビアのガイジン」たちは、10月6日の時点で車上荒らしにより逮捕されていたのだ。
エルクラノを救え!
「とうちゃん!助けて!!おれ、暴走族にめちゃくちゃやられてるんだよ!」
「エルクラノか!?今どこにいるんだ!?」
「えと、国道41号で、あと、おもちゃ屋の看板が見える。頼むよ!早く助けて!」
「大丈夫か!おい!!」
「痛っ!やめてくれよ!痛い痛い!!」
「おい!もしもし!もしもし!」
エルクラノの父マリオが受けた息子からの電話である。
彼はこの時、市之久田中央公園で暴行を加えられている最中であり、谷永の電話を借りて電話したのは、父親に助けを求めるためであったが、通話は暴走族に電話を取り上げられてすぐに終了した。
小牧駅で日系ブラジル人の少年少女たちが暴走族に襲われ、エルクラノがさらわれたことは、襲われた者たちが知らせたために、彼の両親であるマリオとミリアンだけでなく、市内の日系ブラジル人に知れ渡っていたようだ。
マリオの家の周りには知り合いだけではなく、全く見ず知らずの日系ブラジル人までもが続々集まってきて、車でそれぞれエルクラノを探し回り始めていた。
さらわれたのは、同じブラジル人の少年。
相手は暴走族だから見つけたとしても、おとなしく返してくれるわけはない。
ならば、実力で奪い返すまでだ。
マリオが知らせた情報を頼りに、腕ずくで取り戻すことも辞さない熱血漢たちは、車を走らせて血眼になって同胞の少年の行方を捜した。
だが、彼らはエルクラノを救うことはできなかった。
反省の色がない不良たち
市之久田中央公園からバックレてきた吉池や兼井ら不良少年たちは、市内のスーパー銭湯の駐車場に集まっていた。
「谷永、あのガイジン刺しとったが。どんな感じ?」
「別に、すうーって刺さったって感じ」
「オレかて木刀クリーンヒットさせたったがな」
「おめー、後ろで見とっただけだったが!」
「やっとったて!おめえが見とらんだけだがな!!」
彼らは、まるで試合後のスポーツマンのように、自分がいかにエルクラノや他の日系ブラジル人を痛めつけたかを自慢し合った。
こいつらは不良少年だからヤバいことをすることは美徳だと思っているのだ。
「あいつ死んどるぞ。これで俺らやっとらん犯罪はなくなったってことだでよ!」と言ったりして得意げですらある。
そして、乗って来た車に付着したエルクラノの血を洗い流すなど証拠隠滅にもいそしむ。
彼らは「やってやったぜ」などと、反省の色もなく威勢が良かったが、同時に懸念もしていた。
日系ブラジル人からの報復があると予想していたのだ。
そしてその予想は、この日のうちに的中する。
小牧駅での襲撃には間に合わず、公園から参加してきた谷永と難波たちは、吉池たちと別れて居酒屋に向かったのだが、途中でエルクラノを探していたブラジル人たちと鉢合わせしてしまったのだ。
同胞の少年を拉致されて気が立っていたブラジル人は、いかにも暴走族風な見かけの谷永たちを犯人の一味とみなして攻撃。
谷永たちのグループのうち一人が逃げ遅れてバットで殴られ、骨折する重傷を負った。
この時も、追われる立場になった谷永たちが応援を呼んだりしたため、事態は日本人不良少年とブラジル人の全面抗争に発展する気配になりつつあった。
さらに二日後に、エルクラノが死亡したために暴走族への報復を主張するブラジル人の若者が続出する。
小牧市の警察も大規模な衝突の発生を予感して厳重な警戒態勢を取った。
だが、そうなることはなかった。
エルクラノの葬式の日、地元の在日ブラジル人向けテレビ放送で暴力に訴えることを、声を大にして反対した人物がいたからだ。
それは、彼の父であるマリオである。
「仕返しはやめてくれ!暴力はもうたくさんだ!!死んだ息子はそんなこと望んでない!」
エルクラノの死を最も悲しんでいる人物のこの言葉を前に、血気盛んな日系ブラジル人の若者たちも矛を収めざるをえなかった。
冷たい日本社会
ビラを配るエルクラノの父・マリオ
小牧駅でブラジル人たちが襲撃された際に、彼らを見捨てた駅員たちも問題だったが、小牧市の警察も問題だった。
生死の境をさまようエルクラノが病院の集中治療室で治療を受けている際、無事を必死で祈る父親のマリオと母親のミリアンに、後からやって来た警察が開口一番に尋ねたのは「ビザを持っているか?」
最初から不法滞在者ではないかと疑っているような口ぶりだったという。
また、エルクラノが死亡した後、何度も警察署に行って犯人逮捕を求めても、なかなか捜査しようとはしなかった。
明らかに事件であるにもかかわらずだ。
マスコミの報道も小さく、何よりエルクラノの名前が間違っていた。
警察が動いてくれないなら、自分たちで動くしかない。
マリオとミリアンは愛知県庁前に立って、捜査をしてくれるように事件について書かれたビラを通行人に配り、署名活動を始めた。
やがて、心ある日本人も現れて彼らを支援してくれるようになり、マスコミにも取り上げられるようになって、この事件が日本国内ばかりか、ブラジル国内まで知られるようになってくる。
これを受けたブラジル大使館が動き出したことにより小牧警察も重い腰を上げ、事件から一か月半後の11月後半に、谷永や兼井をはじめとした犯行グループが逮捕された。
だが、それまでにマリオたちは心ない輩から「日本が嫌ならとっととブラジルに帰れ」などと、いたずら電話をしょっちゅうかけられていたという。
また、日本の司法制度も、彼らにとって満足できるものではなかった。
この当時は、今以上に加害者の権利がやたらと保証されて、被害者側が蚊帳の外に置かれているようなシステムで、マリオには、家庭裁判所での少年審判の内容やその結果も知らされなかったのだ。
加害者の少年たちの態度も問題だった。
彼らは責任を擦り付け合って心から反省しているとは思えず、その弁護士は、量刑を軽くするための示談金の話しかしてこない有様。
そして翌年の1998年7月までに判決が出たのだが、主犯の吉池は求刑7年に対して懲役5年、兼井は求刑6年に対して懲役5年。
市之久田中央公園でエルクラノを刺した谷永は懲役3-5年、木刀で殴るなど致命傷を負わせたとされた難波も懲役3-5年で、後の中野たちは中等少年院送致など異様に軽い判決だった。
「オカシイ!」
判決を聞いたマリオは、思わずそう言ったという。
「義を見て為ざるは勇なきなり」の精神を持て
マリオとミリアンは、日本に大いに失望したことだろう。
最愛の息子を殺されて警察も捜査してくれず、やっと逮捕してくれたと思ったら、人殺しに異様に軽い判決。
確かに、愛知県庁前での彼らの署名活動などを支援する心ある日本人は現れた。
しかし、エルクラノが小牧駅で襲われていた時に、心ある日本人がその場に一人もいなかったのが問題だ。
あの時にいたのは、暴走族にビビッてエルクラノを見捨てた駅員のような奴か、オロオロするしかできなかった者ばかり。
「義を見て為ざるは勇なきなり」という言葉は、1997年10月6日の小牧駅において死語になっていた。
そうでなければ、エルクラノは殺されなかったはずである。
彼は見捨てられたのだ。
そして、残念ながら、前述の言葉は現代の日本の多くの場所でも死語のままのようである。
2022年1月、JR宇都宮線の電車内で喫煙をしていた無法者を注意した高校生が暴行されたが、無情にも、その時電車内の誰も高校生を助けようとした者はいなかった。
これは、まれなケースだろうか?
きっと他のほとんどの地域でも皆見て見ぬふりするだろう。
どうも日本では「義を見て為ざるは勇なきなり」よりも「君子危うきに近寄らず」の方が美徳で、危ない奴がいたら何が何でも関わってはならないのが正解になっている。
たとえ、目の前で他人がそいつの餌食になっていようとも。
それが、この世界的に治安が良い国の礼儀正しい国民の正体だ。
それでいいのか?
いかんだろう!!
危ない奴が暴れていたら、そいつを誰もが見て見ぬふりする社会よりも、周りの人間がそいつを集団リンチする社会の方がずっと健全だ。
日本国民よ。
無法者に正義の鉄拳を下すことを躊躇するな!
正面から立ち向かう必要はない、背後などの死角から、致命的一撃を加えよ!
その場にいる者は後に続け!
日本政府よ。
心ある国民による秩序の維持のための果敢な行為に対して、法的保護を与え且つ奨励せよ!
行動しない臆病者ばかりの社会では国の将来も危うい!
より良き社会の実現に向けて、国民の意識改革を推進すべし!
出典元―『エルクラノはなぜ殺されたのか』、中日新新聞
posted with カエレバ
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